第56話

 目の前の食いしん坊鬼を見て気が抜けたのが正直なところだけど、とはいえ聞くべきことは聞いておかないといけない。

 

 「ねぇ、ラセツ」

 「もぐっ?」

 

 なるべく優しく声を掛けたんだけど……咀嚼音で返事をするな。……まあいいか、とりあえず聞く気はあるようだし。

 

 「君は精霊鬼で、あの場所に長く封印されていた……であっているよね?」

 「ももぐ!」

 

 ラセツは食べる手を止めずに器用に頷いてみせる。精霊鬼……つまり魔獣の一種であることを自覚していて、しかもあっさりと認めるんだな。

 

 「それで、どうしたいとかあるの?」

 

 当面の目的とかがないならこの拠点に住まわせて食事の世話くらいはして、後々はなし崩し的に手駒としてしまおう作戦なんだけど……。考えてみればあれだね、これで目的は「世界を滅ぼすこと」とか言われたらどうしようね?

 

 「――むぐっ。妾は父を探さねばならんのじゃ」

 

 お、食べる手を止めてはっきりと言葉で話した。それだけ大事なことってことか。

 しかしちゃんと喋るのは今初めて聞いたけど、いわゆるハスキーな、威厳や艶を感じさせる声でありながら、どこか幼いようにも聞こえる。古風な口調とあわせて、なんとも不思議な印象だ。……って、遺跡から出てきた鬼なんてものに、今更“不思議さ”を感じる方が変か。

 

 それにしても鬼の父……ね。魔獣の寿命はよく知らないけど、ラセツはぱっと見だと成人したて、つまり僕より少し年上くらいにしかみえない。そこから素直に考えるなら、その父親も壮年から中年になりたてってところだろう。つまり全然戦える年代ということだ。

 怖ろしいね、可能性の話だけど、この世のどこかに精霊鬼の成体がまだ潜んでいるだなんて。

 

 「名前と外見の特徴とかは? ああ、後で似顔絵でも用意しようか」

 

 ライラはそういうのもできたはずだ。そう思って聞いたんだけど、返ってきた言葉は思いもよらないものだった。

 

 「……わからん。父は自身を鬼と称しておったし、外見も長き封印で記憶が曖昧になってしもうておる」

 「記憶が、だと……? 一体どれくらい封印されていたんだ、あの場所に」

 

 思わずといった様子でグスタフが質問の言葉を挟んだ。この鬼疑惑があるシェイザ家の言い伝えって、グスタフの祖父の祖父の時で……百年くらい前って言っていたっけ?

 

 「霞がかかったようにうまく思い出せんのじゃ」

 「……」

 

 仮にこのラセツがその百年前の鬼だとすると、それだけ長い間よくわからない遺跡に封じられていたら記憶も曖昧になって仕方ないとは思う。それはそれとして、僕らを謀ろうしている可能性は無視はできないけど。

 

 「しかしそれでは、その父親を探すというのも難しいのでは? 普通の人間であれば情報をばら撒いて向こうから見つけてもらうという方法もとれますが……」

 

 ライラの言う通りだと僕も思う。名前はない、顔も覚えてないだとどうしようもない。

 だけど、ラセツはそうは思っていないようで、表情から不安は感じ取れない。

 

 「それは問題ないのじゃ。会えばわかるからの」

 

 「ふふん」と鼻息でも吹いてそうな表情で断言された。そして僕らが何故と問う前にラセツは額……というか生え際くらいの位置にある黒い角を指差した。

 よくよく見ると、親指くらいのその角は先端がほんの少し欠けているようだった。

 

 「この欠片を父が持っておる。だから妾には会えばすぐそうとわかるのじゃよ」

 

 まったくわからないけど、こうまで言い切るってことはそうなんだろう。自身の一部を持っているならそれを感知できるなんて、解析のレテラを発動している最中でも難しいのだけど……精霊鬼っていうのは何やら底の知れない能力をしているのかもしれないな。

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