第55話

 弱っていると考えてライラとサイラに介抱を任せた鬼について、グスタフから話を聞いてどうにもまずかったかもしれないと、僕は考えた。

 同時に同じような思考に至ったグスタフと急いで歩を進め、完全に暗くなった辺りで、拠点へと辿り着く。

 

 無言で扉を開けると誰もいない広間。元々は店の販売スペースであったらしいこの場所と、二階はほぼ使っていなくて、この奥の倉庫だった場所にテーブルや棚を置いて会議室みたいに普段は使っている。だからここががらんとしているのはわかっていたから、無言で開けて入った。問題はここから先だ。

 とはいえ、この時点で血の臭いも争いの音もしてこなかったことに、内心ではすこしほっとしていた。

 

 「大丈夫だったか……」

 「いや、奥を見るまでは」

 

 グスタフも気を抜いたようだったけど、僕は一応引き締め直すようなことを口にして奥の扉に手を掛けた。

 そして開けると――

 

 「なんてことするのっ!」

 

 ――聞こえてきたのは悲痛なサイラの叫び。奔放で子供っぽいようでいて意外と冷めているサイラがこれほど感情を露わに悲しそうな声を出すのは珍しいことだ。

 

 「どうしたっ!?」

 「っ!」

 

 僕が確認の声を上げ、グスタフが背負った重厚なロングソードへと手を伸ばす。思わず反射的にここまで行動していた僕らだったけど、次の瞬間にはその動きも止まった。

 

 「ご主人様―っ! ラセツってば酷いの! サイラのまでとったの!」

 

 縋りつくように寄ってきたサイラが指差す先では、目を覚ましていたあの鬼が一心不乱に何かを飲み食いしている。周囲の痕跡を見る限り、それらのほとんどはライラが管理している保存食の類だったが、……なるほど、サイラ秘蔵のお菓子の包み紙がその中に混じっているのが見える。

 

 「あ、ご主人様、おかえりなさいませ。この通り、問題ございません」

 「問題あるのーっ!」

 

 冷酷に「問題ない」と言い切った姉に対してサイラは食い下がるが、数年前には気弱さが目立ったライラの整った顔は無表情のまま揺るがない。

 

 「ラセツっていうのは?」

 「はぐっ、もぐぅ、むぐむぐ――? あぐっごくん、ぱくぱくぱく――」

 「この方の名前です。それだけは聞き出せました。今は空腹で何も思い出せないというので、とりあえずここにあったものを与えているところです」

 

 涙目でむくれるサイラは一旦置いておいて、気になった言葉を確認する。なるほど……いかにも鬼っぽいとは思ったけど、やっぱりこいつの名前だったか。

 自分の名前が出たからか、一瞬目だけがこちらへ向いたけど、鬼――ラセツは食事の手を止めなかった。

 

 遺跡で見た時には何とも血濡れたように見えて不気味ですらあった赤い瞳が、今はなんとなく食事中のウサギにしか見えない。

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