第54話

 私ことヴィルト・コレオは男爵家であるコレオ家の当主として、避けては通れない重要な仕事を担っている。しかしこれは非常に不快な仕事でもある。貴族家に生まれた者として、このような愚痴を言ってはいけないのだが……、頭で考えるだけなら許されるだろう、きっと。

 

 「いやぁ、悪くねぇわ。あの甥っ子君」

 

 表向きは死んだことになっている弟であり、コルレオンを裏から牛耳るパラディファミリーの首領ドンとの定期会合がその不快な仕事だ。国内を良く治めるために必要なこととはいえ、悪事に加担するようなことをするのはどうしても抵抗感が拭いきれない。

 ……このようなことを言うのは、為政者として甘いのだろうが、それが人間としての感情だ。

 

 「貴様の甥ではない」

 「ひひっ、そうだな。これは失礼」

 

 我が息子アル・コレオの叔父とはサティ・コレオのことであって、それはもう死人だ。そしてそれは私の目の前にいるサティとは別の人間…………ということになっている。上位貴族や裏社会では公然の秘密であるとしても、建前というのは守ってこそ意味がある。

 そういう意図の指摘に対して、サティの方も弁えて謝罪した。というやり取りだったのだが……、私の本心など見通しているぞとでも言いたそうな笑いが殊更に気に食わなかった。

 

 アルは幼い頃こそわがままな性分が目立っていたが、十歳になった辺りからは人が変わったように勤勉で精力的な様子を見せ始めた。貪欲といっていいほどの姿勢で魔法を勉強し、各地で魔獣を仕留めては的確に売り捌いて富を得ていた。

 使用人のライラとサイラを自分専属として雇いなおしたいと打診を受けた時などは、我が子ながら何と聡明な少年だと驚いたものだ。

 日に日に賢く逞しくなっていくあの子を、このような男が幅を利かせる世界へと放り込まなくてはならんという事実に、苛立ちを感じているのは認めざるを得ない。

 

 しかしもう、事は動き始めている。後戻りはできようはずもない。であればこそ、私は私として……コレオ家の現当主ヴィルト・コレオとして……、やるべきことに集中しなければ。

 

 「お宅の息子さん、見どころあるって話よ。“優秀なお貴族ちゃん”かと思ってたら中々どうして……ひひっ」

 

 左頬を撫でるようにしながら話すサティは、どうやら本心から言っているようだった。昔から何から何までふざけた男だが、この種類の目の輝きを見せている時はいつもそうだった。……といっても、大抵はろくでもない、何かしら暴力的な種類の物事に関することばかりだが。

 

 「その見どころある者に後を継がせているはずではなかったのか」

 

 十五歳になったアルをパラディファミリーの次期ドンとして差し出した……はずだった。しかしファミリーから送られてきたのは「アルは事実上の次期首領であるところの相談役として組織に迎えた」という連絡だった。相談役などという役職は聞いたことのないものであったし、そもそもサティが引退してアルがドンとなる手筈だった。

 

 こいつが素直に隠居するなどとは露とも思ってはおらず、何らかの形で影響力を残すとは想定していたし、それは代替わりの“恒例行事”でもある。しかし継がせないなどというのは前代未聞であるし、それが許されないことなど理解しているはずだ。

 

 「まーあ、まあ、まあ、未来ある若者にきちんと経験を積んでもらおうってだけの話さ。どちらにしろ在学中はあっちで過ごすことになるんだし」

 

 あっち――学園都市と呼ばれるヴァイスのことだ。アルはヴァイシャル学園に入学したのだから、卒業するまでの三年間はヴァイスで過ごすことになるのは事実。パラディファミリーはコルレオンにあるのだから、そこをいきなり継がせるよりは下部組織で経験を積ませるというのは筋だけは通っている。

 だが、そんなことに意味はない。

 

 「どう説明するつもりだ」

 

 もし私が許したとしても、大した意味はない。結局のところ……私も、そしてこの男もフルト王国に属する駒でしかない。その指し手たちの不興を買えば、挿げ替えられるだけなのは自明。

 しかし憎らしいことにサティは笑みを絶やさない。

 

 「せーしんせーいきちんと説明して通すさ」

 「……」

 

 この私との定期会合などではなく、必要とあらば国の上層部に呼び出されることになる。というより、このままではそうなるだろう。この男はそこで、王族や上位貴族相手に説明して納得させると嘯いている。

 

 「ひひっ、ボーライちゃんが口添えしてくれるらしいしね?」

 「なっ!?」

 

 裏社会を担当するという仕事の性質上、パラディファミリーのドンは色々な貴族の弱みを握ることもあるし、そういったものをうまく利用することも器量のうちだ。だが上位貴族ともなれば、そんな弱みなどそうそう見せないし、そもそも強大な権力と武力をあわせ持つ相手に無理をさせるほどの弱みなど、ただのチンピラ風情が手にできるはずがない。

 しかしサティは……この目の前のドン・パラディはできると、口添えさせると言った。よりにもよって、あの“謀略伯爵”と称されるボーライ伯爵に、だ。

 伯爵家ともなれば、フルト王国の裏にも口を出せるれっきとした上位貴族であるし、ボーライ伯爵の影響力であれば多少の横紙破りでも通せる可能性がある。……いや、適当なことを言ってこの場を誤魔化そうとしているのでなく、これが真実であるのなら、きっと通るだろうな。

 

 もしかするとアルは……我が息子は……、コレオ家の歴史上でも類を見ないほどの厄介者の後継ぎとなってしまったのかもしれん。

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