第53話
僕とグスタフは問題なくダンジョン探索の実習一日目を終えた。
……つまり、あの鬼を生徒にも教員にもバレることなく連れ出せたということだ。
あれがどういう存在なのか、なぜ解析の魔法を使った時に棺が開いたのか、あの光はどういう仕組みだったのか、何もかもが不明なままということもあって、遺跡のすぐ外で行われた教員による講評は何も記憶に残っていない。
まあ生徒だけで入るって内容の実習だった訳だから、どうせ一般論的な注意事項とか、元冒険者であるジャック先生の経験談とか、そういう内容だったであろうことは予想がつくけれど。
そうしてヴァイスへと日が落ちる頃に帰り着いた僕は、グスタフと話しながら、ライラとサイラが待つ拠点へと向かっていた。
「これはじいさんから聞いた話だが、鬼の一族としての祖はじいさんのじいさんらしい」
“鬼の一族”としての……ってことは、シェイザの家系の話じゃなくて、その異名を名乗り――あるいは呼ばれ――始めたところのって話か。祖父の上が曽祖父でその上って何ていうんだったか……、正式な跡継ぎで政治・経済科で学んでいる兄のマイクなら知ってそうだけど、わからないな。すごくどうでもいいけど。
「そのシェイザ家の先祖が自分で鬼って名乗り始めたの?」
ふと、どっちか気になったから聞いてみると、グスタフはその聞いた話を思い出すように視線を少し上げながら話し始める。
「そう聞いている。なんでも百年ほど前に、領内の山中に強力な魔獣である精霊鬼が出たらしい」
精霊鬼……、ついさっき聞いた言葉だ。ゲーム『学園都市ヴァイス』の知識があるからといって、この世界のことで知らないことっていうのは意外と多い。まあゲームで見えている範囲なんて一部に過ぎないから、食べ物でも道具でも歴史でも、初耳の言葉なんて本当に珍しくもない。
けど、なんていうか……これほどゲーム的に“おいしい”設定というか、それっぽい言葉で知らないというのは珍しいことだった。まあ、これは突き詰めて考えだすと卵が先か……的な、違うかもしれないけど……、どっちにしろ気が狂いそうになりかねないことだから、深くは考えないのが吉、だ。
とにかく、知らないけどちょっと引っ掛かる言葉ではあったということ。だけどそれをグスタフの口から聞いたときは状況が状況だったから、問い返す余裕なんてある訳がなかった。
そんな精霊鬼というのは、単純に強い魔獣だったらしい。魔力が関わる不思議生物である魔獣なら、まあ何がいても不思議はないな。
「グイド・シェイザというその先祖が、精霊鬼に挑み、領内のいたるところを駆け回るような壮絶な戦いを経て、東の地で討ち果たした。それ以降『我こそ真に鬼なる者』と名乗り始めた……と聞いていた」
グスタフの言葉は「聞いていた」と既に過去形になっている。既にその討ち果たしたっていうのは怪しくなっている訳だから、そうなるよねぇ。武を誇りとする一族の人間としては、先祖が魔獣を討ち損ねていたっていうのは思う所があるようだ。表情に出ている。
「角もあったし、あの強力な魔力……あれがその精霊鬼っていうのは間違いないだろうね。けど駆け回って討伐か……。案外と鬼は臆病で、そのグイド殿から逃げ回っていたのかもしれないね」
何となくそう口にすると、グスタフは僕の軽口を意外と真剣に受け止めた様子だった。
「じいさんが言うには『お爺様は真に修羅であった』と……。本当にあの遺跡に逃げ込んだのかもしれないな」
仕組みを知っていて使ったとは思えないけど、必死で触って変な機構を作動させた結果、空の棺に封じられるようになったんじゃないかってことか。それはそれで意外とあり得そうだ。
あの鬼がそんな可愛げのある存在だといいけど……、それならあの濃密な魔力の秘密を解き明かして利用することだけ考えればいい。
状況からして弱っていると考えてサイラにライラと一緒に拠点へ連れ帰って介抱するよう指示しておいたけど……、もしかしてまずい可能性もあったか。
そこまで考えて僕は少し歩く脚の動きを速める。
「ちょっと急ごうか」
「それがいい」
グスタフの方も同じタイミングで似たような思考に辿り着いていたらしい。
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