第52話

 「と…………」

 

 褐色の肌をした白髪の鬼は、目を半分以上閉じたままで、何かを口にしようとする。

 

 「「……」」

 

 グスタフは僕が様子見しようといったからじっとしているんだろうけど、僕の方はというとちょっと思考が止まっている。

 それは鬼が口を開こうとしたことでちらりと見えた八重歯に意識が向いていた訳ではなく……、外見だけでいえば絶世の美女である褐色の鬼の半裸姿に見惚れていた訳でもない。なんというか、前世の記憶由来の好奇心でこの“隠し要素”が気になって仕方ないという気持ちと、今の僕の判断として怪しい物は動き出す前に殲滅してしまえという思考が、全くかみ合わなくて動きがとれない、という感じだ。

 あるいは単純に、「と」の続きが何なのかが気になっただけなのかもしれない。

 

 けど、結局はそれを今知ることはできなかった。

 

 「あぶなっ」

 「アル君っ!」

 

 開きかけていた目と口を閉じ、脱力して崩れ落ちる鬼を僕は抱きとめていた。追い越し際にグスタフが強い調子で警告したのも無理はない。けどそう動いてしまったんだから仕方がない。

 

 「生きてるし、問題もないね」

 

 解析のレテラを使えるようになって以降、僕は自分の周囲にある“気配”というものを敏感に察知できるようになったし、手の中にあるものであればある程度の生命活動を知ることもできる。つまり抱きとめたことで、ただ気絶しただけで怪我や病気をしている訳ではないことを確信できたということだ。

 ……考えてみれば、こんな遺跡の中からでてきたよくわからない存在を無防備に抱きとめるだなんて、軽率にもほどがあったな。病気や罠だけじゃなく、この世界には魔法だってあるんだから呪いみたいなものも実在したって不思議じゃない。

 

 「それで、どうする?」

 

 剣をしまいながらのグスタフの声を受けて周囲に意識を向けると、いつの間にかダンジョン内が元の薄暗さに戻っていた。

 棺の蓋は開いて倒れたままだけど、断面に見えていたあの光はきれいさっぱりとなくなっていて、ただの二つに分かれた石にしかみえない。そして僕の解析通りに、棺の中身はただの石の塊でしかない。

 

 遺跡内の棺に鬼が入っていたっていうのならまだしも――ミイラじゃなく普通に生きてるのが意味わからないけど――あの光を通して出現したって風だったのが驚愕だ。まあ実際、だからこそ、誰にも知られずに封印され続けていたんだろう。

 あの光……、つまりあれは、一種の転送魔法か空間魔法? そんなものが存在するなんてゲーム『学園都市ヴァイス』でも聞いたことがない。これを自在に利用できるなら、それこそゲームみたいな異次元道具袋みたいなものが発明できるんじゃないか?

 そうなるとヴァイシャル学園で魔法道具を主に研究している学術科自然探求専攻の教員や先輩が聞けば正気を失いそうなほどの発見をしたのかもしれない。

 

 ……いや、待てよ。確かにこんなものこの世界では聞いたことがないけど、ゲームでは体験したことがある、か?

 『アル・コレオ』が序盤で死亡するイベント。あれが正に、謎の機構によって発生した次元の裂け目が原因だったはずだ。そして何より……そのイベントの舞台はこのシェイザ領東の遺跡だった。

 ゲームだとそこまで気にしなかったけど、遺跡ということは過去の文明が遺した“何か”だ。例えばここが研究所かあるいは保管庫のような場所だった場合、どこか別の場所と繋ぐ、あるいは特定の空間を拡張して隔離するような、そういう技術にまつわる施設、ということもあるのかもしれない。

 

 ……何にせよ、この空の棺の考察は一旦置いておこうか。後からのグループにこれを見られたら面倒だろうし。僕としては見つけた鬼を素直に学園に差し出す気なんてさらさらないからね。であれば、見られることは面倒というほかないだろう。

 敵か味方かもわからない鬼だけど、抱える腕の中では信じられないくらい濃密な魔力が渦巻いているのを感じる。空の棺の技術も含めて、力の源泉になりそうなものは手放す選択なんてする訳ない。

 

 「これ・・は確保する」

 「なら急ごう」

 

 腕の中でくたりとしている肢体を示しながら考えを伝えると、グスタフは来た道へ視線をやりながら急かしてくる。

 

 ちょうどこの遺跡が東西に出口がある構造で、今回の実習が東半分しか使わないような内容で助かった。

 そう考えながら僕は懐からサイラ笛を取り出し、後続に見られる前にと考えながら常人に聞こえない音を吹き鳴らしたのだった。

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