第272話

 何回も来たことのあるヤマキ一家の拠点である豪邸。

 

 「……」

 

 その大仰な佇まいも、入り口前に立っている強面の門番も、これまでと変わりないものだ。だけどなんでだろうか、何かぴりぴりとしたものを頬に感じたような気がして、少し足を止めてしまった。

 

 「どうしました、アルさん?」

 「ん? いや、なんでもないよ」

 

 そんな僕の様子を不思議に思った門番の一人が、何か問題があったのかと聞いてくる。だけどまあ、何もないけどなんとなく気になったなんて言えないから、適当に誤魔化しておく。

 名前は知らないけど何度か見た覚えのある顔の門番は、それでも何かを気にするような素振りだったけど、それ以上は何も言ってこなかった。

 

 まあ、そんな空気だっていうのも、理由は予想がつく。僕を呼び出した理由がまさにそれで、デルタの居場所について見当がついたんだろうね。

 デルタファミリーには長く煩わされてきたから、その頭領とついに決着がつくとなるとこんな空気にもなるってものだ。……とはいえ、その緊張感のそれなりの割合は僕のせいでもあるんだけど。一度追い込んでから取り逃がしたからね。

 もしかしたら門番の男もその辺について思うところがあるのかもしれない。だとしても上部組織の相談役でヤマキ一家でも同等の扱いを受けている僕に対して、いち構成員が不満を言えるはずがない。そういうのも含めての変な空気に感じられているのかもしれないけど……まあそんなことはどうでもいいか。

 

 中に入っても雰囲気は変わりなかった。

 別に戦闘態勢とかそういうことではないんだけど、やっぱり平時とは違う。たとえば、中で待っていた若い構成員が僕を応接室に案内してくれているんだけど、普段よりなにやら歩くのが速いような気がする。焦りとか緊張みたいな感情が足の動きを急かしているのかな。

 

 「おう、呼びつけちまって悪ぃな」

 「それで?」

 

 そんな空気に触発されたという訳ではないんだけど、部屋に入った僕はすぐに用件を聞く。

 応接室で待っていたのはヤマキと、側近のルアナだった。フランチェスコの姿はないけど、あいつはあちこち走り回っていることも多いから、今も出ているんだろう。

 この二人はさすがに他の連中のように焦りを表にだしているようなことはなく、普段通りに見えたけど、僕が用件を聞くと茶化したりすることもなく口を開いた。

 

 「デルタの野郎を見つけたって話なんだが、ちょっとばかり厄介でな」

 

 余裕のある雰囲気にみえたヤマキだったけど、話し出すと言い辛そうにしている。なるほど、デルタのことが用件というのは予想通りだったけど、それだけじゃなく何かあったようだ。

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