第273話

 「厄介?」

 

 思わずオウム返ししてしまう。その「厄介」の内容が気になったということだけど、ここにきてまだ何かあるのかといううんざりとした気持ちが混ざっていることを否定はできない。

 デルタが惨めに隠れている場所へと乗り込んでいって、死ぬまで殴る。ただそれだけで済んでくれれば良かったなぁ……なんて、意味のない逃避が一瞬だけ頭を過ぎった。

 

 「ああ、デルタはアルが追い込んだ時からさらに変異というやつをしているらしくてな。正気を失くしてあちらこちらと走り回ってやがる」

 

 そんな僕の思考なんて知らないヤマキが話を続ける。

 ルアナから報告を聞いているはずのヤマキはあの指輪型魔法道具の効果というものを直接にみた訳ではないけど、そういうものをおぞましく思っているようだ。口にしながら目尻に皺が寄って、その元から厳つい顔がさらに迫力を増している。

 昔気質なこの裏社会の親分からすれば、自分の内にない力に頼って姿まで変えてしまうというのは“違う”ということなのかな。

 元々の思考からすれば僕は別にそれで強くなって我を通せるのならいいんじゃないのと考える。……だけどまあ、あの指輪が僕の知っているあれと同じようなものだとしたら我を通すどころか自失してしまう訳だから結局ダメなんだけどね。

 

 ……さて、そうなるとデルタはもうデルタではなくなっているのかもしれない。目の前で仲間の一人を殺し、もう一人を容赦なく捕まえた僕らに対しての恨みだって、残っているのかも怪しいものだ。

 だって僕のところへ復讐しにこなかったからね。僕だったらそんな何日ものうのうと過ごさせるなんて考えられないから、放っておいても向こうからくるんじゃないかと思っていたのにその当ては外れてしまった。

 

 「見つけたって話じゃなかった?」

 

 まあデルタが今でも人間・・かどうかなんて考えるだけ無駄かな。これ以上逃げ回られる訳にはいかないし、例の魔法薬に関する情報はすでに十分に得られているから、次はもう十中八九捕まえるとかではなく殺すことになるだろうし。

 だから話の要点だけを聞こうとすると、ヤマキの方も少しだけ眉を跳ねさせた。つい無意識に脱線しそうになっていたらしい。

 

 「そうだな……悠長に話をしている場合でもねぇんだ。言ったように奴はひとところに留まらねぇ。だから街中に散らした子分達にちょっとした異変を探らせて、そこからルアナが次の潜伏先を予測したってわけだ」

 

 ヤマキの後ろに控えていたルアナが小さく頷く。その予測には自信があるといった雰囲気だ。

 

 なるほど、普通に探しても立ち去った後の痕跡を見つけるだけだから、広く探索して得られた情報から次を先回りして予測したのか。数を頼みにしつつも、個人の優秀さもあるのはヤマキ一家の強みだね。

 

 「じゃあ、その場所って?」

 「ああ、今から教える――」

 

 ルアナが持っていた地図を僕とヤマキの間にあるテーブル上に広げて、ヤマキはそのごつごつした手指を紙に描かれたヴァイスの街に滑らせた。

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