第166話

 満足のいく自習を終えた僕は、試作魔法道具を丈夫な革袋に入れてしっかりと持って寮へと帰ります。学園の鞄はそれほど大きくないので、こうして別で入れるものを用意しないと、潰れたりすると大変ですから。

 

 それにしてもアル君やグスタフ君とお話しできる機会を持てたのは幸運でした。

 学園の有名人と話せて楽しかったということもありますが……、ちょっと下心のある話ですが、お二人はやっぱり貴族の方ですからね。どちらも後継者ではなく、学園を卒業する頃には出家する立場なのでしょうけれど、それでもやはり庶民育ちの庶民とでは違います。

 本人の実力的にも家柄的にも将来有望な人に「楽しみにしてる」といわれたことは、職人志望としては良いことです。できれば今後も繋がりを持ちたいとは思いますが……、それはやはり僕の作る魔法道具の流麗さ次第ということですよね。

 

 「頑張らないとっ! …………と、ん?」

 

 学園から寮までの道をやや遠回りしつつ――僕は考え事をするためにこの道を歩くのが癖なのです――歩きながら、決意を新たにしている時でした……。

 ふと目についたものがあって足を止めてしまいました。

 

 「え、あれ落としました、僕……? いや、うん……?」

 

 落ちている物と、手に持っている物を思わず見比べますが、全く同じでびっくりしてしまいます。

 そう、道の真ん中にぽんと落ちていたものというのは、丈夫な革の袋でした。手にしたそれと同じく口はしっかりと閉じられていて中身はもちろん見えません。

 

 「中には何が……」

 

 普段であればそんなことはしないと思うのですが、状況故か、僕は好奇心から拾い上げて中を確認しようとします。

 

 「おい」

 「――っ!」

 

 だけど、後ろから声を掛けられて、驚きつつ動きを止めることになりました。その声は低く唸るようで、振り返るまでもなく恫喝するような意図の……、言葉を選ばなければガラの悪いものでした。

 

 「あ、は、はは、はい……」

 

 恐る恐る振り返るとやはり……というべきでしょう、とても怖い人が立っていました。見た目でいうと中肉中背で、茶色の髪も派手な髪型にしている訳でなく、いわゆる普通の成人男性です。

 だけどその目……、鋭く細められて僕を見据えるそれは、地元でも学園でも見たことのない非常に攻撃的な色をしています。

 聞いただけの知識ですが、こうまでしっかりと対面すれば僕でもわかります。これがつまり、“裏社会の人間”というやつなのでしょう。もちろん僕が会ったことがないだけで、ヴァイスにだってこうした人達がいるということは知識として知っていました。だけど、ただの知識と、目の前に居るということではこうまで違うとは……。

 

 「……ひ、……あ」

 

 恐怖のあまりガタガタと震えていると、僕の手元に目をやったその人は、素早く革袋を奪い取ってしまいます。

 

 「ちっ……。中は見てねぇだろうな?」

 「へ、へ……?」

 「見てねぇだろうなって言ってんだ!」

 「あ、はは、はいぃ!」

 

 それだけのやり取りをすると、幸運にも物理的に傷付けられるようなことはなく、その男は立ち去ってしまいました。

 

 「こ、こわかったぁ……、ていうか、これが取られなくてよかったです、本当に」

 

 恐ろしい男の背中が見えなくなってから、僕はとっさに手を後ろにやって隠していた革袋へと目をやります。変なものを好奇心で拾ったばっかりに、大事な試作品を取り上げられることにでもなったら、目も当てられませんでした。

 

 「て、……あ、あぁっ!」

 

 だけど革袋の口を開いて、覗き込んだところで僕の喉からは驚愕と絶望の声が漏れ出てしまいました。

 中には見知らぬ包みがいくつかあるだけ……、どうやらあの男が持ち去った方こそ、僕の大事な大事な試作魔法道具であったようです。

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