第301話

 カミーロはヴァイシャル学園で戦闘・戦術科の魔法戦闘専攻で教員をしていた人物で、戦闘・戦術科一年二組の担任でもあった。一組に所属していた僕とはあまり頻繁に顔を合わす機会はなかったんだけど、印象深い人物だった。

 なにせ学園の教員というのは仮の姿で、本当はカッジャーノ家という侯爵家の命を受けてフルト王国のために仕事をする工作員のような仕事をしていたからだ。

 向こうの利害とこっちのそれが一致する限りにおいてだけど、情報を提供してもらうこともあった。掴みどころのない厄介な敵だったデルタファミリーの幹部を捕らえられた切っ掛けもカミーロだった。

 そしてそのデルタファミリーとの抗争の最後が、カミーロのことを過去形で話す理由でもあり……つまり、あの時にカミーロは死んだのだった。

 デルタファミリーの首領を追い詰めたと思った僕があの場所で見たのは、既に死んでいたデルタと瀕死のカミーロという光景。カミーロを通してボーライ家から持ち掛けられていた謀略――一線を越えたパラディファミリーを潰すというもの――が察知された結果の報復だ。

 

 そしてその報復の一部として、僕はカミーロ殺しの犯人にされていた。ヴァイスの衛兵が完全に戦闘態勢であの場に押しかけてきて、こっちの言い訳を聞いてくれるような空気は微塵もなかったからね。

 

 僕は僕がカミーロを殺していないことを知っている。だけど、それはあくまでも僕の頭の中にあることで、他人からそれを見ることはできない。

 

 「……」

 

 そう考えて、僕は足を地面に擦るようにして少しだけ、アデーレと名乗った女から距離をとろうとする。

 この裏町にはまだ用がある。見つけて合流しないといけない仲間が残っているから。そうなるとこの場所であまり好き勝手に振舞う訳にはいかないってことだ。特に、出家しているだろうとはいえ、貴族の関係者を殺すなんていうのは、追い出される可能性が高い。

 

 裏社会なら、多少の無茶は通る。強いことは好きに振舞う理由になるからだ。だけどこの裏町という特殊な場所は裏社会とは違う。

 ここは落伍者が落ちていく最終地点であり、最後の救いでもある。つまり、この薄氷の上にあるような不安定な場所が、崩れ去ってしまうことをここの連中は何よりも怖れる。

 だから、無茶はできないっていうことなんだよね。

 

 こうして不意を突かれるような形になっている時点で向こうの手の上で踊らされているようなものだから、とにかく一旦仕切り直したいところだけど……。

 

 「……ふ、そう怖がらないでください。カッジャーノ家は例の作戦が続いていると認識しています」

 

 やはり余裕の態度で笑みながら、アデーレはそう告げた。

 続いている……、キサラギをさらわれたことに激怒したボーライ家が、パラディファミリー潰しを画策した、あれか。さすがは謀略伯爵、その執念深さも一流ってところか。

 

 「勘違いしているようなので、改めて確認しておきますが……、作戦とはあなたも含むもの、ですよ」

 「っ!?」

 

 その口が弧を描くようにして、笑みを深めたアデーレは、僕から目を逸らさずに言った。カミーロの件の復讐としてカッジャーノ家が送り込んできた刺客ではない?

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