第168話

 「それで……この人ってば、誰なの?」

 

 放っておかれていると思っていると、不意にこちらへと全員の視線が向きます。

 

 「相談役が追った相手を探しているという人です」

 

 この薄い笑みの綺麗な人が「相談役」と呼ぶ人が、メイドさん達の「ご主人様」で……?

 それで、僕の試作品を奪っていったあの怖い人を追った……?

 

 僕はやはり、とてもきな臭いことに巻き込まれた……いえ、首を突っ込んでしまったようです。流麗さとは真逆の、怖ろしくて汚い何かに……。

 

 しかしそうなると、僕の手に残された方のこの革袋。その中身がもう、ろくでもない物だということは間違いないでしょう。いくら僕でも薄々とわかってはいましたが、あんな雰囲気の怖い人がああして奪っていくような袋に入っていた包み……、衛兵に見つかるとまずいような類の物なのでしょう。

 

 それをこの様な底の知れない人達に見せてしまえばどうなるか……、考えるだけで体が震えてきます。

 

 「この方は……」

 

 話題になったことで今気づいたとでもいう様な態度のメイドさん――三つ編みで鋭い雰囲気の方――ですが、確かライラと呼ばれていたこの人も、一瞬だけ僕の体に目をやってから顔へと視線を戻すという動きをしました。

 ヴァイスにおいてヴァイシャル学園というのはもちろん大きな存在で、相応の権力を備えた組織ともいえる訳ですが、それはあくまでも学園が……ということです。教員ならばともかく、いち生徒くらいは、言ってしまえば取るに足らないのです。

 それがこうまで僕が着ている制服を気にされるなんて、なんていうか違和感があります。

 

 「その中身を確認しても?」

 「…………はい」

 

 ライラというメイドさんからの要請の体をとった命令に逆らえず、僕は革袋の口を開いて中を見せました。ただ、素直に見せるとまずいとは思っているので、差し出すように見せてから慌てて言い訳をしておかなければという不安に駆られます。

 

 「その、同じような袋に僕の大事な物を入れていて、それでこれを道で拾って……っ! そしたら、怖い人がきて持っていってしまって! あっ、その持っていったというのが僕の持ち物なんですけどっ」

 

 怯えと焦りで思考はうまくまとまらず、お世辞にも理路整然とはいえない言葉になってしまいました。けれど、これは伝えておかないと、だってこの中身の包みは誤解されると絶対にまずい物です。

 

 「ねぇ、ライラちゃん、これってば何なの?」

 「はぁ……、サイラにも説明はしておいたでしょう、これは……」

 

 身を寄せるようにして覗き込んできたサイラという人に、ライラという人は耳へと口を寄せて何やら教えています。僕には聞かさないようにという……おそらく配慮、なのでしょう。

 そういえばこの二人のメイドさんは、服装と髪色以外にも、何故か似た雰囲気があるように感じます。正反対の性格をしているということは初対面の僕でもわかるのに、なぜでしょう……?

 

 と、やや現実逃避気味になっていた僕ですが、そんなことをしても事態は止まってはくれません。

 

 「これはこちらで預かりましょう……いいですね?」

 「悪いようにはしませんから」

 

 ライラというメイドさんからの有無を言わせない圧を込めた確認に、それを追うようにしてルアナという人のやはりどこか怖ろしさのある笑みでの言葉。

 これで断ったりなんてできるはずはありません……普通なら。

 

 「渡しますから……ひ、引き換えに僕も連れていってください!」

 

 だけど気付けば僕は交換条件を叩きつけていました。向こうがそんなものを飲むかどうかなんて何も考えずに、ただ僕の頭の中には持ち去られてしまったあの試作魔法道具しかなかったのです。

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