第169話
差し出した革袋をライラさんがすっと受け取り、そのままそれはサイラさんへと渡されます。そして胸元でぎゅっと抱えるようにサイラさんの腕の中へと革袋が収まったところで、僕は気付きました。
交換条件なんてだしておいて、素直に先に渡してしまったら駄目なのではないでしょうか……?
しかし、今更気付いてももう遅いのです。既に怪しい包みの入った革袋は僕の手を離れてしまったのですから。
「あ、あのー……」
「……はあ」
恐る恐ると声を掛けようとすると、ライラさんの溜め息が返ってきました。ルアナさんはやはり意図の読めない笑みを浮かべたままで、サイラさんは対照的に何も考えていなさそうににこにことしています。
僕が身の程もわきまえずに連れていけなんていったことに怒っているのか、あるいはこんな手際の悪さに呆れているのか……。どちらかはわかりませんが、目の前で溜め息なんて吐かれると不安にはなります。
「どうぞ、ご勝手に」
「いいのですか? 相談役に確認もせず」
少しの間を空けてライラさんからは許可する言葉が返ってきましたが、すぐさまルアナさんから物言いがつきました。さっきの“様”とか“さん”とかのやり取りからしても、この人たちは仲間同士というよりは協力関係といった感じなのでしょうか?
だけどこう言ってはなんですが、僕としても「いいのですか?」と口をついて出そうになりました。もちろん、そんなことを言う勇気はありませんので飲み込みましたが、怪しい包みを追う様なことをしている人たちは、もっと排他的というか秘密主義かと思っていました。
……今さらですが、この人達は本当に何なのでしょうか?
最初に僕から試作魔法道具を奪っていった怖い人は、見るからに裏社会の関係者といった風情でした。だけど今僕の目の前にいる三人は、綺麗なお姉さんとかわいいメイドさんにしか見えません。見えないのに……、僕の手首を掴んだあの手や、常に油断なく周囲を警戒している目は、どうしようもなく僕の体を震えさせます。
衛兵とか、そういう秩序の番人には正直にいって見えません。だけど、裏社会で暴れる狂犬のようにも見えない……。もしかすると、一部の貴族が秘密裏に抱えているという噂の工作員……というやつなのでしょうか?
情報の収集や操作から、冒険者のお株を奪う様な遺跡探索、そして時には暗殺まで手掛けると学園で情報通の生徒から聞いたことはありますが……、もしかして実在する、というのでしょうか。
「持っていかれた私物というのに随分と執着しているようですし……、放置していって勝手についてこられる方が困ります」
「なるほど……、その程度の決定権は任されている、と言いたいのですね」
「ご想像にお任せしますよ。あたしたちは
協力関係……というのも違うのかもしれません……。というか目の前で繰り広げられる得体の知れない女の人同士の火花散るような目線のぶつけ合いが、すごく怖いです……。
「ふふふ……、それは邪推してしまって失礼しました、ライラさん」
「こちらこそ、もしご気分を悪くされたのなら申し訳ございません、ルアナさん……ふふ」
うう……、怖い……。僕のいないところでやって欲しいです……、あ、連れていって欲しいって頼んでいるのは僕の方でした。
しかし、こうなってくると、後ろで革袋を抱えて何もわかっていなさそうな表情でにこにことしているサイラさんだけが癒しなのかもしれません。きっとあの子だけは、素直で純粋で、陰謀や暴力なんかとは縁遠い存在なのでしょうね。
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