第170話
ぎすぎすとした空気になりつつも、それ以上何かをするでもなく移動が始まりました。
ルアナさんとライラさんが並んで歩き、その後ろをサイラさんがとてとてと追いかけていますが、僕はそのさらに後ろを気まずく思いながらもついていっています。
先ほどは微妙な反応ながらも「ご勝手に」と言われた通り、僕がついていくことを本当に拒みはしないようです。てっきり、動き出すと何かすごい速さで走ったり跳んだりしだして、撒かれてしまうかと考えていました。
だけど、反対意見のようなことを言っていたルアナさんにしても、嫌な顔をみせるようなこともありませんでした。単純に僕みたいなただの学生のことなどどうなっても構わないということなのでしょうけど……。
とはいえ、僕としても、たとえどれだけ怖くても、やっぱりこのまま大人しく帰るなんていうことはできないんです。魔法道具は僕にとって大事なものだから。
「あの……、あなた方はなぜあの怖い人を追っているのですか?」
その理由が裏社会での何かだとしても、あるいは僕が想像した通り工作員の任務だとしても、聞いて特になるようなことがあるとは思えません。……いえ、聞かない方がいいとさえいえるでしょう。
だけど、ただ無言で歩くこの時間に耐えられず、僕は前を行く背中に向かって問いかけていました。
「同行は許可しましたが、質問は――」
「ご主人様ってば、気に食わないって言ってたの。だからなのよ」
振り向きもせずにライラさんがぴしゃりと言おうとしていたところで、体ごと振り返って後ろ歩きになったサイラさんから答えが返ってきました。僕としても沈黙に耐えかねただけで、答えを期待した訳ではなかったので、逆に驚いてしまいます。
ご主人様って貴族なの? とか、気に食わないって何が……? とか、疑問が頭に浮かびますが、少し機嫌を損ねた雰囲気のライラさんの背中や、そっちを見て笑みを深めたように見えるルアナさんの横顔に、これ以上の質問を重ねる勇気はでません。
優しいサイラさんなら聞けばもっと詳しいことも答えてくれそうですが……、それにつけこむようなことはしたくありませんし、すれば許されないような気もします。
結局、余計に重くなった沈黙の中で歩き続け……、だけどそれほどは経たずに状況は進展しました。
「……え?」
さすがに驚いて声がでます。
彼女らが向かっていた先、僕がついていったところでは、いかにも柄の悪そうな何人かの人達が倒れ伏し、その中心に一人の男の人が立っていました。
倒れている人達は腕や脚があらぬ方向に曲がったりはしているものの、大量の流血などはしておらず、命までは奪っていないことが見て取れます。とはいえ、そんな暴力の現場に驚いた――動揺はしましたが――という訳ではありません。
僕に声を出させたのはその中心に立っていた、恐らくこの現場を作り出した当人。高い背にがっしりとした体格で、短く刈った赤茶色の頭をしたその人に、見覚えがあったからです。
もしかして、あの人が……、「ご主人様」……なのでしょうか?
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