第277話

 そう、デルタの死体の横で倒れていたのはヴァイシャル学園の教員であるカミーロだった。

 

 内心になんともいえない感情が吹き荒れる。それは不安とも焦りともつかないもので、少なくとも冷静ではないということだった。

 普通なら狼狽するようなことではない。なぜならカミーロがカッジャーノ家の一員として、フルト王国の上層部から指令を受けて暗躍する工作員みたいな仕事をしていることは、既に聞いて知っていたから。裏社会もそうだけど、そういう種類の人間というのはろくな死に方はできないし、その時を選ぶこともできない。

 ……なんだけど、今は状況が状況だ。このタイミングでカミーロを見れば思い出すことは一つ、パラディファミリーを潰して僕らが成り代わるという例の計画だ。ボーライ家が主導しているらしいこの計画は、当然ながら知られる訳にはいかないものだ。

 

 「ひゅぅ……ぁ……ぁる……くん」

 

 明らかにおかしい呼吸音は致命傷を受けている証拠だろう。急いでここに来たとはいっても、僕は魔法薬くらいは持っている。だけどそれをすぐに使わないのは、どう見ても手遅れだとわかるほどの状態だからだった。

 

 「話せますか? 何があったのですか?」

 

 反応を示したカミーロに対して、もう一度同じ質問をする。

 どう見ても助からない状況……だからこそ、今聞いておかないといけない。

 

 「ぁ……ぁめ……ぁめ……ぁ……」

 

 あめ……飴? いや、雨かな? どっちだとしても意味はわからない。もしかして、カミーロは重傷によって幻覚でもみているのかもしれない。

 とはいえ、その珍しくも見開かれた目はやっぱりはっきりとこっちを見ている。僕を認識して名前もさっき呼んでいたし。

 

 普通に考えると……、何かをしていたカミーロが偶然にもデルタの隠れ処に入り込んでしまって交戦した? カミーロは僕とグスタフの二人を相手にしても渡り合ったほどの強者だったけど、ここまで変異が進んだデルタもまたどれほど強かったのかはわからない。デルタが酷く損壊した状態なのも、それだけ必死に戦ったということなのかな……?

 

 「げほっ、ごほっ、ぐ、ごぼっ」

 

 満身創痍で倒れるカミーロが苦しそうに咳き込み、血の塊を吐き出す。

 

 「ぁ……ある、くん……」

 

 だけどそれで少し声が出しやすくはなったようだ。その声はどんどんと弱々しくなっていて、今も息があるのが不思議なほどだけど、何を言っているのかはさっきより聞き取りやすい。

 

 「あるくん……だめ……だめ、です。……にげ、るのです……。すべて……ばれ……て………………」

 

 さっきのは雨でも飴でもなくて、「駄目」と言っていたようだ。僕がここに来ては駄目だと、そう言いたかったようだ。

 いや、そんなことよりも、ばれた……だって?

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