第126話
「申し訳ございません、ご主人様……」
「ん?」
拠点で報告を受けようとすると、ライラはいきなり頭を下げてきた。最近の通り魔事件について、目撃情報とかないか調べてみて欲しいって頼んだだけだったんだけど、何があったんだ……?
「通り魔を逃がしてしまいました……」
「通り魔ぁ!?」
学園の生徒が被害にあってるって噂だったし、ちょっとした情報収集をしておいて欲しいっていう指示をしただけだったんだけど……?
「通り魔そのものに遭遇したってこと?」
「はい……。なのに、あたしは逃げられてしまって……本当に……」
目の前で消沈した様子をみせるライラ。
いやいや、遭遇しながらも逃がしたっていうのは確かに褒めることではないかもしれないけど、情報収集で目標そのものに接触したっていうのは普通にすごいのでは? 確かに当てがあって見つけたのではなくて、単に運が良かったってことなんだろうけど、それにしたって冷静で頭のいいライラにしては変な落ち込み方だ。
……まあ、あれか。元々ライラって戦闘方面にはトラウマじみた劣等感があるから、そこで失敗したっていうのがショックだったのかもね。
「逃がしたっていうけど、その通り魔もよくライラから逃げられたね。戦闘に入る間もなく一目散にってところ?」
遅延発動する魔法を罠みたいに設置できるライラは、戦場でボードゲームでもするように相手を追い詰めて確実に仕留める。ドン・パラディのところのヴィオレンツァみたいな理不尽なパワーで押し潰してくるような相手は苦手だけど、逆にいえばそういうの以外には大抵そつなく対応できる優秀なマエストロだ。
さらに落ち込みそうなライラの気を逸らす目的もあるけど、純粋に事の詳細が気になって聞いてみた。
「あ、はい。それがですね――」
仕事モードに入って淡々と簡潔に話すライラの報告を聞いたことで、僕はようやく納得がいった。
「火の魔法を直撃させた上に、風で追撃したのに走って逃げたってことか……なるほど」
「確実に動けないはずでした……」
ライラのいうこともわかる。魔獣でも相手にしているならともかく、人間が相手である以上は、燃やせば火傷するし、そうなれば動けなくなる。
「演技でもしていたか……」
可能性の一つを口にすると、思い出そうと一瞬だけ視線を彷徨わせたライラはすぐに口を開く。
「そういう種類の人物には見えませんでした。壊れていましたが……いえ、壊れていたからこそ、全ては本心で動いていたように思います」
その壊れっぷりも含めて“振り”っていう可能性を考えたんだけど、直接見たライラがそう言うならそうなのかな。となると……。
「特殊能力……かな」
強力な魔力を内包している人間が時々発現するアレだ。魔法でもないのに消滅魔法みたいな効果を発揮したりすることもある……苦い記憶だ。
「魔法をかき消す能力、でしょうか?」
「それなら一旦くらっているのが不自然かな。話を聞くかぎり痛みも感じていたようだし……、防御力か回復力の強化……かな?」
確かに一度はライラの遅延魔法に直撃されて大怪我を負ったものの、即座に回復して逃げた。あるいは、痛みで一瞬動けなくはなったものの、元よりそれほど大怪我は追っていなかったから逃げられた。……のどちらかだと予想しておく。
ウノマギアだっていう話だけど、特殊能力が使えるなら潜在的な魔力はかなりのものだろう。ライラはうまく封じ込めたみたいだけど、開けた場所で存分に動かれたら意外と厄介かもしれないね。
「ん……? 待てよ……?」
「どうされました?」
特殊能力が魔法のかき消しじゃないと判断したのは、それなら最初に消滅魔法をわざわざ見せたのも不自然だと思ったからだ。けど問題はそんなことじゃなくて……。
「消滅魔法を使った?」
「はい、どこで覚えたのかも吐かせないといけないと思い、殺さないようにしました」
だから逃げられる結果にもなったってことだったね。
さっき聞いたときは僕も気になるなって思った程度だった。そもそも僕が色々知っているのはゲーム『学園都市ヴァイス』の情報が活用できるこの周辺に限られる。特に他国のことなんてほとんど知らない。そうするとどこかの遺跡とか秘伝の書みたいので消滅みたいな希少なレテラを覚えていてもあり得ないというほどではない。
だけど……、このヴァイスで消滅を習得していると思われる人間はほかにもいた。双子のかたわれ……あのニスタだ。そして僕がゲーム知識から知っていて確認しにいったシェイザ領東の遺跡が、おそらくはニスタの覚えた場所だ。
ここまで放置してきたおそらくは前世記憶保持者であるニスタだけど、ここにきて通り魔と繋がってくるとなると、もう無視はできない、かな。
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