第33話

 「そうか、残念だけど無理強いはできないね」

 「失礼します」

 「……」

 

 実際に声を掛けてみただけだったのだろうか。キサラギ先輩はあっさりと引き下がり、僕とグスタフは軽く礼をして立ち去ろうとする。

 だけど意外な声で待ったがかかる。

 

 「すみません、会長! 愚弟が失礼を!」

 

 走り寄ってきてためらいなく僕の頭を押さえつけて下げさせた暴挙に、今度こそグスタフが動こうとする。

 グスタフも“これ”が誰かは知っているだろうに。

 

 「……」

 「だがっ…………くっ」

 

 僕が無言で小突いても入学式の時とは違って食い下がろうとしたグスタフも、頭を下げさせられたまま向けた僕の目線を受けてなんとか抑えて黙ってくれる。

 こんな衆目にさらされた場所で身内の流血沙汰なんて、悪評どころじゃないって。

 

 そう、身内。

 僕の頭を押さえてキサラギ先輩にぺこぺことしているこれは、マイク・コレオ。コレオ家の長男にして僕の兄だ。金の髪色は僕と同じだけど、猫っ毛気味な僕と違って主張の強いツンツンとした短髪だ。

 そして性格も髪質と同じく、主張が強くてうっとうしい。

 

 「何か勘違いをしているようだね、マイク君。私たちは再会を楽しんでいただけだよ」

 「し、しかしアルが会長からの何かしらのお誘いを辞退したと周囲の生徒たちが言っていたのが聞こえたのですが……」

 

 どうやらたまたま近くを歩いていたマイクが、ざわつきだした周囲の声から状況を断片的に察して飛んできたということのようだ。

 

 「大丈夫ですよ、兄上。僕はコレオ家の名を汚すようなことはしていませんから」

 「む、そ、そうか?」

 

 ようやくマイクが手を放してくれたから僕は頭を上げることができた。グスタフを止めた理由だけど、マイクは話せばまあわかってくれる方だ。

 ただちょっと短絡的かつ独善的で、己の価値観を“正義”と称してはばからないような人物というだけだ。だからこそ、ゲーム『学園都市ヴァイス』での『アル・コレオ』は、十五歳で突然裏社会へ突き落とされてから、好き勝手に善意を振りかざす『マイク・コレオ』によって“曇らされて”いく。

 

 一部のプレイヤーにとって人気キャラクターだった『アル・コレオ』に対してそういう存在だったということで、『マイク・コレオ』はその層からは嫌われていた。だけど僕からすると、正直『マイク・コレオ』は嫌いじゃなった。いや、まあ特に好きでもなかったけど。

 確かに『マイク・コレオ』は独善的かもしれないけど、『アル・コレオ』だって自己中心的だった。パラディファミリーに関することは、ゲーム中では『マイク・コレオ』は知らなかったんだから、「人の気も知らずに、好き勝手言いやがって」なんてのは言い掛かりに思えた。

 

 「それにちょうど話を終えたところでした。僕らはもう行かなければならないので」

 「ああ、新入生は教室へ行くんだったな。コレオ家の人間として胸を張っていけ」

 「はい」

 

 主席として合格した僕のことを、おそらく本気で自慢の弟だと思っているんだろうなぁ……。そういう真っ直ぐな目を向けてきている。

 “実際に”相対してよくわかるけど、ゲーム『学園都市ヴァイス』での『アル・コレオ』は入学時点では劣等生だった訳で……、こういう兄はさぞ疎ましかったんだろうなぁ。今の僕からすると将来のコレオ家当主としてうまく付き合っていかざるを得ない相手、という認識の上でも下でもない。

 

 「行こう、グスタフ」

 「わかった、アル君がそれでいいなら」

 

 グスタフはまだ不満そうだ。言ってしまえばただ貴族子弟というだけの小僧に過ぎないマイクから僕が子供扱いを受けるのが腹に据えかねるのだろう。

 グスタフは長身と厳つい顔から大人びて見えるけど、内面はわりと年齢相応なところがあるからなぁ。

 

 とはいえ、さっきマイクとも話した通りに、僕とグスタフは新入生として一年を過ごすクラスに顔合わせに行かないといけない。二年になると専攻ごとに別れるけど、一年のクラスは一旦入学試験の成績順でわけられている。ということは良く僕に突っかかろうとするあの黒髪の少年もクラスにいるはずで……、グスタフはなんだか心労が多そうだな。

 

 なんて考えながら、今度こそ僕らはその場を立ち去った。マイクは何やらキサラギ先輩に話しかけるも冷たくあしらわれていたのが視界の端に見えたけど……、これはこれで先々の問題の種だったらいやだなぁ。

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