第32話

 何やら揉め事を起こしそうなグスタフをうまくなだめて、問題なく入学式を乗り切った。僕はそう思っていた。

 だけどそれは想定が甘かったと、学園内を歩いていて気づかされることになっている。

 

 「やあ、久しぶりだね。アル・コレオ君にグスタフ・シェイザ君」

 

 僕とグスタフの行く手を塞ぐように立っているのは、長い黒髪でスタイルのいい女子生徒――キサラギ先輩だ。

 美人といって異論はでないであろうその顔を、にこやかにしていかにも友好的な態度だ。

 

 「そうですね、キサラギ・ボーライ先輩。入学試験の際にはお世話になりました」

 「……お久しぶりです」

 

 フルネームでのやや形式ばった挨拶に対して僕は如才なく返したけど、グスタフは露骨に警戒態勢。学園の先輩としてだけでなく、コレオ家とシェイザ家の人間に対しての挨拶ですよということだから、嘘でもちゃんとした方がいいぞ、グスタフ。

 

 とはいいつつも、グスタフの態度も納得ではある。何せその入学試験では僕がこのキサラギ先輩を受験生や教員の面前でぶっ飛ばしたからなぁ。僕としては掛かってこられたから受けて立っただけという認識だけど、そういう道理が通じない貴族も多い。

 実際に僕とグスタフの家は最下級の男爵家であり、対してボーライ家は二ランク上の伯爵家だ。ランクなんて言い方をすると軽々しく聞こえるかもしれないけど、貴族社会においてランクの差は絶対的。実のところ僕もグスタフもコレオ家関係の裏事情を知っているとはいえ、言い掛かりの警戒をするのは当然だ。

 

 「ふふ……大丈夫だよ、言い掛かりをつける気なんてないさ」

 

 グスタフの態度もそうだけど、僕ももしかしたら表情に出てしまっていたかもしれない。キサラギ先輩はぴたりとこちらの警戒内容を言い当てつつ、そのつもりはないと宣言してきた。

 いや、まあ、その程度のことを察せないような愚鈍がこのヴァイシャル学園で生徒会長になれる訳もないんだけどさ。

 

 「いえいえ、人望篤い生徒会長がそのようなことをするなんて思ってもいませんよ」

 「……」

 

 その方が無難と思ったのか黙り込むグスタフの隣で、僕は適当にお世辞を言っておく。ちなみに試験の時には一切名乗らずに謎の女子生徒状態だったキサラギ先輩だけど、入学式では当然生徒会長として挨拶もしていた。向こうからすると僕がそれで驚いたと思っていることだろう。グスタフと揉めていた彼も実際に驚いていたようだったし、

 とにかく、言われたことを真に受ける程素直ではないけど、いちいち噛みつくほどガキでもない。例えとかではなく、前世のを足せば本当にそうだしね。いや、まぁ、曖昧な記憶が人生経験としてカウントされるのかっていうのは疑問だけれども。

 

 「私はね……アル君、君を生徒会に誘いに来たんだよ」

 「は?」

 

 思わず優等生っぽくみせるための笑顔の仮面が外れかけてしまった。驚いたというよりは意味がわからない。だって――

 

 「今はその時期ではないですよね?」

 

 ヴァイシャル学園の生徒会は秋に一年生と二年生からメンバーが選ばれる。役員が立候補者から生徒の投票で選ばれ、さらにそれぞれの役員が一人ずつ補佐メンバーをスカウトしてくる、という形式だ。

 ゲーム『学園都市ヴァイス』での『キサラギ・ボーライ』は確かに補佐メンバーを持っていなかったはずだから、それと同じなら彼女が“生徒会に誘う”のはわかる。だけど時期が違う。今は春で、前年の秋に補佐メンバーを選ばなかったのなら合理的な理由なく補充なんてできないはずだ。

 

 「私は補佐メンバーを選んでいないからね。やはり忙しくて手が足りないとでもいえば、まかり通るさ」

 「いや、“とでもいえば”って……。建前だって言ってしまってるじゃないですか……」

 

 この人がそう言えば、案外教員たちもすんなりと通しそうではあるのが恐ろしいな。

 しかし僕はこの人に気に入られるようなことなんて…………、怖がられたり嫌われたりするっていうなら思い当たるけども。

 

 「不思議かい? 君は私をあんなに乱暴に突き飛ばしたからね」

 

 なにやら舞台役者みたいな大げさな身振りでキサラギ先輩がいうと、ふと周りがざわざわとしていることに気付く。しまった、そりゃあ聞き耳くらいたてるか。

 

 「っ!」

 「いや、すまない。冗談が過ぎたね」

 

 グスタフが一歩出ようとしたところで、キサラギ先輩が機先を制して先の言葉を撤回する。周囲からすれば事情は何もわからないだろうけど、「冗談」という言葉で大体のことは察するだろう。

 

 「けど理由としては冗談でもないんだよ。私を一蹴するような実力者の新入生を放っておくわけがないだろう?」

 

 周囲の注目が少し薄れたのを確認してから、少し近づいたキサラギ先輩が先ほどとは違って抑えた声でそう告げてくる。親しみを感じさせる“いい先輩”然とした表情での言葉だったけど……、手元に置いて監視したいってことじゃないか、それ。

 

 「非常に光栄な申し出ではありますが、辞退させてください。もし秋になって次の生徒会役員の方の目に留まったのであれば、その時に改めて検討させてもらいますので……」

 

 新三年生のキサラギ先輩は次の秋で生徒会長を引退することになる。つまりこれは少なくともキサラギ先輩の存在する生徒会には入らないってことだし、“その時”っていう話についても何も約束をしていない。

 我ながらなんとも貴族っぽい言い回しだけど、生徒会に特別な入り方をして悪目立ちするなんてごめんだね。それこそ死亡フラグが増えそうなものじゃないか。

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