第105話
俺の名を言ってみろ……。
知らない? なら、お前は盗賊としてはもぐりだな。このセルジョ様を知らないってんだからよ。
王都でしがないスリとして、裏社会へと足を踏み入れた俺だったが、なにせこの俺だ。破竹の勢いでのし上がっていった。「目端が利く」って評価と、当時は盗品専門の鑑定士みたいなことをやってたってことで、“目利き”のセルジョなんてあの頃はもてはやされたもんだぜ。
そしてそれで満足しないのも、この俺がセルジョ様たる所以だな。
盗品売買の一端に携わっていたことで、何より値のつく物が何なのかを俺は悟った。……魔法道具だ。それが古代の品ならなお更いい。
そこに気付いたんなら後は簡単。それまでに溜め込んだ金をばら撒いて馬鹿を大勢雇い、貴族が管理する遺跡やなんやに踏み込んでおいしいものだけかっさらう。管理されてない未知の遺跡? 馬鹿言うなよ、それは
まあ、そんなこんなで気付けば雇った馬鹿共は盗賊団となって、俺はそれなりに楽しくやれていた。とにかく金に困ることはなかったしな。
……だが、それもあの女が全てぶち壊しやがった。
タマラ…………。
デカくて戦いが強いだけの野蛮人の癖しやがって、奴は俺の盗賊団を丸々奪い取りやがった。ああなっては俺だって従うしかねぇ。腹立たしくて仕方ねぇが、それも裏の掟ってやつだ。
だが俺から奪った盗賊団を“血濡れの刃団”なんて野蛮な名前に変えた上に無茶を重ねて、挙句やばいことで有名なあのアスラの騎士団に喧嘩を売って自滅なんてされた日には、怒りでどうにかなりそうだったぜ。
それでも……、いやこうなったからこそ、あの戦闘馬鹿に今は頼るしかねぇ。本当に癪だが……、このヴァイスでひと暴れしようってことなら、戦える奴がどうしても必要になる。
いずれは切り捨てるつもりの仮初めの頭領だが、とはいえ、逃げてくる混乱の中で俺の“とっておき”が見つかったのは痛かったな。
全部じゃないが、売らずにとっていた俺のコレクションのうち、スモークボムとイーラがあの馬鹿女頭領に奪られちまった。
まあ、スモークボムはいい。まだ一個は俺の懐に残っているし、どうせ使い捨てだあれは。便利だし捌けば金にもなるが……、便利な道具って域はこえない。
それよりイーラの方だ。あの指輪だけはなんとしても隙を見て取り返す必要がある。金銭的価値もそうだが、あれは戦闘にちょっと不安のある俺にとっては秘蔵の奥の手だった。あれがあるから、いつでもタマラの奴を殺せる。だから今は利用しているだけ……そういうことだったのに、まさか俺としたことが見られた上に取り上げられるとは情けない。
どの道正面から戦えば勝てないのだから、久しぶりにスリとしての腕前を………………なんだ? このセルジョ様が崇高な考え事をしているってのに騒がしいな。
「セルジョさん! 表にガキが二人きてまして、“大斧”と、あと四人衆の兄さん方が当たってますが、一応報告に行けと言われまして……」
「あぁん?」
おどおどと報告にきたこいつは、“血濡れ四人衆”とか名乗る恥ずかしいあいつらと同じタマラ派だ。
“大斧”の方は古株で、俺が引き入れた名前も知らない戦闘狂。どっかで村ひとつを血に沈めたとかって話だが、とにかく全部を血が流れる方向に持っていこうとするから、強いには強いが扱い辛い面がある。
要するに、そいつら全員死んで構わないから、どうでもいいって話だが、ガキが二人ってことはヴァイシャル学園の学生が興味本位で迷い込んだってとこだろ、どうせ。この場所がこのセルジョ様も居座る重要拠点であるとはいっても、騒ぎ過ぎだ。そんなの脅して追い払えばそれで終わり…………、待てよ?
“大斧”が当たってる? あの血気盛んな四人衆も……?
そのガキが本当にヴァイシャル学園の学生だったら、貴族か有力者の子弟だって確率も高いんだぞ?
「はああぁぁ、奥から何人か集めて……」
盛大な溜め息も漏れるってもんだ。特に戦い始めた“大斧”を抑えるには人数がいるから、力自慢を見繕って……。
「何を呆けてやがる?」
俺が指示を出そうとしているのに、報告にきたこいつは別の方を見てやがった。
「あ、いえ、すみません、セルジョさん。どうにも寒気がしたもんで――」
そんなことを言うものだから、一発頬でも張ってやろうかと腰を浮かせたところで、それは始まった。
――ぁぁぁ!
拠点の裏口の方から聞こえてきたそれは確かに悲鳴だった。
――ぃぃ!
――ぅ!
多少距離があるから小さくしか聞こえないそれが、さらに続く。
「馬鹿が! ガキは陽動だ! 俺は表に行って“大斧”を引っ張ってくる。お前は裏口に加勢しにいってこい」
「そ、そんな! タマラ団長を呼ばないと!」
「ここにいない奴をどうやって呼ぶんだよ! いいから行け!」
「ひ、ひいいいいいいっ!」
俺が繰り返し命令したってのに、信じられないことにこいつはそれを無視しやがった。表の方でも裏口の方でもない方へと走り出す。確かそっちからこの部屋を出て廊下を突っ切った先はただの物置で……、ああ、そこの窓から逃げるつもりかよこいつ。
…………。
奥からの悲鳴も今は聞こえないから、何らかの損害は出しつつも抑えたようだな。なら、俺は逃げようとしたあいつにお仕置きを優先するか。あいつがタマラ派だろうと、俺の命令に逆らえばどうなるかってのは、はっきりさせておく必要がある。
それもまた裏の掟ってことだ、恨むなよ……くくくっ……。
嗜虐心から上がる口角に手を添えて抑えようとしつつ、部屋を出る。だが……え?
「なん、だ……これは……?」
馬鹿みたいな疑問しか出てこなかった。何だというのは見ればわかる。廊下の床にぶちまけられてるのは血で、壁に張り付いてるのは肉片と臓物。それから遅れて俺の鼻を突いてきたのは生き物をバラした時の悪臭だ。
だから、なんだも何もない。ついさっき部屋を出たあいつがこうなって、奥にいる白髪の女がそうしたってことだ。
「まずいのう……、妾はこんな
手についた血を舐めとっていた女は、そんなことを呟いていた。どこか艶めかしいその仕草から目が離せず、俺は言葉もなく立ち尽くしてしまう。
「これで最後じゃの……吹きて切り裂く――」
なんだ……? 何かはわからない……。わからない…………が、これはまずいっ!
「――颶風かな」
「ひいいいいいいいいいいいいっ!」
背を向けて全力で走り出す。背後から感じる濃厚な死の気配に、自分の行動が間違っていなかったことを実感した。あの白髪女が何をしたかはわからないが、“あれ”であいつのことも肉片に変えたんだろう。
「くそっ、くそっ、くそがぁ!」
悪態を吐きながらさっきは揚々と通った扉を戻り、叩きつけるように閉めた。
「うわああああぁ!」
その瞬間、ひゅかんという奇妙な音を伴ってその扉は細切れになる。自分の口から出たとは信じられない悲鳴が耳に聞こえるが、そんなことを恥じている余裕もない。
このままだと次は俺が細切れにされるっ!?
あの白髪女がどんな魔獣でも化け物でも……、これならっ!
厳重に、しかしいつでも取り出せるようにしまっていたスモークボムを手に取り、一瞬のためらいもなく床へと叩きつける。
「っ!」
視界が煙に埋め尽くされる直前、薄緑色の刃の塊のような何かがうごめきながら迫っていたのを見て、悲鳴が漏れそうになる。けどそれを上がってきていた胃液と一緒になんとか飲み下し、俺はまた走り出していた。
「これは……何も見えんのじゃ……。妾の魔法も追尾が切れておる」
見えなくとも、ここは俺の拠点だ。どこに何があって、扉がどっちかくらいは覚えている。だから視界がきかなくなった時点で、俺の逃亡は成功したも同然。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
だが俺は……、魔法の煙の中にあっても薄く見えていたあの血のように赤い瞳がまだ追ってきているような錯覚を振り切ることができず、とにかく必死で走り続けたのだった。
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