第59話
「よし、では……」
「あ! 次はサイラがいいって思うの」
僕らの手合わせが終わったのを見計らって、グスタフが演習場に備え付けの木剣を軽く振って感触を確かめながら進みでようとする。しかしサイラも疼くところがあったようで、自分にさせろとアピールしている。
けど、肝心のラセツの方はそうでもなかったようだ。
「悪いが今日はここまでじゃの」
「え、だけど……」
グスタフの剣術やサイラの野性的な動きに対してはどうかっていうのも見たかったから、僕も演習場の端に寄ろうとした足を止めて、思わず不満を声に出した。
振り向くと、ラセツは何かを確かめるように手首をぷらぷらと振っている。
「お主に蹴られた手が痛いのじゃ」
ラセツの眉間には皺が寄っていて、その手首も火蹴りの影響で確かに赤くなっている。が、その口元が弧を描いているのを見ると、「本当かぁ?」という気持ちも湧いてくる。
なんだけど、蹴った本人としては――手合わせってそういうもんだと思いつつも――気まずい空気も感じようというものだ。
「……ふう。まあ今日のところはこの位にしておこうか」
僕もそう切り出したことで、今日はお開きということになった。
実習の二回目で、再びシェイザ領東の遺跡を探索することも頭にあった。十歳からの五年間でそれなりの経験をしてきた僕とグスタフからすると、実習で行く初心者向けダンジョンなんて気にもしていなかった。
唯一の懸念点がゲーム『学園都市ヴァイス』での『アル・コレオ』消失イベントだったくらいだしね。
だけど……僕の“知識”になかった空の棺へのラセツの封印。こういうものがあったということは、もう一つのルートにも何かあるのかもしれない。
一番理想的というか都合がいいのは問題なんて起こらず、消滅のレテラも習得して帰ってくるパターン。けど場合によっては習得できずに、ただ普通に実習をこなして帰ってくるってパターンも想定はしていた。
レテラっていうのはそれを習得できるだけの魔法的実力が備わっていないと読むことができない。そこにあることがわかっていても、その時点で見えないならどうしようもない、ということだ。
まあそうだったとして、修練を積んでからいずれ出直す以外に選択肢なんてないから心配するようなことでもないんだけど。
そして悪いパターンはゲームでの『アル・コレオ』の身に降りかかったイベントを、この僕が体験するはめになるというもの。
ゲームでは確か、どこからともなく遺跡内の機構の情報を仕入れてきた『アル・コレオ』が憎い主人公を罠にはめようとするも自分がくらってしまうというシチュエーションだった。発動させるスイッチ部分と次元の狭間の発動位置は多少離れているから、操作した『アル・コレオ』は安全なはずだったのに、主人公を煽ろうとして躓いて転び、自分から飛び込んでしまうというコミカルといえる展開となっていた。
元々はゲームはゲームで、そうそう気にすることではないだろうと思っていた。何しろ元凶となるはずのこの僕にいるのかもわからない主人公への恨みを晴らす計画なんてないからだ。
どこからか仕入れてきたという機構の操作方法も知らないし。…………そういえば、ゲーム内イベントでのキャラクターのモーションから、スイッチはどういう構造でどんな操作をしたかというのを検証しているファンもいたような気がする。あれが結局どうなったのかも知らないけど、どこにでも妙なことに情熱を傾ける人はいるということか。
そんな訳でゲーム『学園都市ヴァイス』から得られた知識の範囲での危険というのは気にしないでいいかと思っていたんだ。
そこへ現れたラセツの存在で、もうちょっと緊張感を持たなくてはいけなくなった。全く知らない何かが、今度行くもう一つのルートにもあるかもしれない。その時に対応を誤って、僕かグスタフが消えるなんてことは避けなければならないから。
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