第64話
レテラというのは、それを実行可能なだけの魔法的素養をそなえていないと認識することができない。本でも壁画でも口伝でも、例えば風のレテラを使えない人間はそれを話題にすることはできても“ヴェント”を認識して口にすることはできない。
つまり――
「
――僕はもうこれが習得できてしまっているということ。実際に、今何もない空中に向かって振り抜いた右手には確かに消滅の魔法――ゲームでいうところの魔法パリィ――が宿っていた。
ゲーム『学園都ヴァイス』だとこの使い方しかできなかった消滅魔法だけど、“現実”に存在する以上はその可能性は広がる。滞留させれば妨害よりも効果的だろうし、放出で放ってぶつけてもいい。
まあ、使い勝手がいいのは単独発動でのこれだろうけどね。消滅や解析といった特殊レテラは発動に他よりも一瞬長く時間を必要とする。特に消滅の方はその一瞬が戦闘中だと無視できないから、ゲームでの設定というのも中々理には適っている。
さて、恐らくはニスタの手によって削り取られていたレテラの壁画がなぜかこの一瞬のうちに復元されていた。そして近くにいたはずの三人がいなくなっているし、しばらくたっても他の誰かがここへ来そうな気配もない。まあちょっとまだ頭がくらくらとしていて解析の副次効果は使えてないから、本当に気配を感じられないってだけで確信は持てていないのだけど。
わからない事しかないといっていいこの状況なんだけど、気になる事ならある。……それは空の棺のことだ。この遺跡にあった機構に巻き込まれたことで発生した異常なら、他の機構への影響もあるんじゃないかと思うのは当然。
という訳で、一旦ダンジョンを東側に出て、そのまますぐに先週探索したルートに入り直して空の棺までやってきた。空の棺はそのままだ、……“蓋”が開いてラセツが出て来る前の、そのままだ。
これも、復元されてる……?
いや、それよりも、だ。
さらっとやってきたなんていったものの、動揺して逆に驚けなかったよ。空の棺のことじゃなく、ここまでの道についてだ。
まず、出たところにいるはずの戦闘・戦術科のクラスメイトや教員がいなかった。これは正直ちょっと予想していた。
けど一回出てからここへ来るまでに魔獣スケルトンに遭遇しなかった。一掃されたのであれば、ちょっとくらい壁や床に斬撃や魔法の痕跡があってもいいはずだけど、それもない。まるで元から魔獣なんていなくて、ここはただの遺跡なんだってくらい何もでなかった。
本当に、なんだこの状況は。次元の狭間っていうのは、もしかして見た目は同じだけど人間のいないコピー世界みたいなところへ飛ばされるのか? だとしたらゲーム『学園都市ヴァイス』で『アル・コレオ』が消えてしまったのも納得だ。訳がわからないし、戻る方法も見当もつかない。
いや、見当もつかないっていうか、まずは情報収集か。どうにも僕はかなり動揺しているらしい。殴ったり魔法をぶつけたりでどうにかできない事態っていうのは、本質的には苦手なんだよね僕は。
「まずは、これかな……やっぱり」
気持ちを切り替えるためにも、声に出してから空の棺へと近づく。どういう訳か戻っているこれを調べるのが最初だろう。
「
右手で触れながら、範囲を絞った解析魔法のレーダーを棺にあてた。返ってくる情報は中は隙間なくびっしりとただの石……つまり、あの時に得た情報と同じだ。ん? いや、なんだこのぴりっとする感覚…………っ!
「うがああっ!」
指先に一瞬だけ静電気みたいなものを感じたと思った瞬間、それは手から腕、肩、そして頭へと到達して僕の脳内を駆け巡った。脳を電気に焼かれる感覚に悲鳴を抑えられず、気付けば膝も床についている。
「はぁっ、はぁ……」
けどそれは本当に短い間のことで、すぐに痛みも不快感も嘘だったように消えてなくなった。そして消えずに残ったものもある。
「情報……いや、これは説明書?」
頭の中には説明書みたいな情報が刻まれていた。まるでパソコンにインストールするみたいに、この情報を入れられた苦痛だったらしい。
そして情報というのは目の前にある空の棺のことだ。
「緊急避難用のシェルター……みたいなものだったのか」
という代物であったらしい。ただし食事も排泄も必要なく、半睡眠状態で時空間の狭間みたいな場所に隔離されるらしいけど、歳は普通にとるらしい。そもそもどういう影響が出るかも長期の場合は保証できないから、一年程度の利用を最大限とする、と注意が添えられている。
うぅむ、あの精霊鬼は推定百年封印されていたんだっけか。もしかして記憶が曖昧なのも想定外にも程がある長期利用での副作用だったのかな。
それと……ああ、なるほどこういう風に魔力を流せば起動できるのか。で、起動したのと同じ魔力――つまり同一人物による魔力――をもう一度流すことで、開封することができると。
本当に説明書だねこれ。でもなんでこんなのが今になって……ああ、その説明までちゃんと含まれてる。どうやら消滅のレテラを習得していることが条件だったみたいだ。
なるほど、レテラは十分な魔法的素養を条件とするから、消滅を習得できるくらいの魔法使いじゃないと説明書には触れられないようにしたのか。起動のさせ方もまあまあ複雑だから、確かにこれは知らなきゃ偶然起動するなんてありえないな。
…………となると、だ。ラセツの時は結局あれかな、僕が解析の魔法を通したことで、寝ぼけたラセツが何か勘違いして出てきたってことだったのかな? 今度聞いてみるか。
ていうかラセツだ。もしかして……あった、中の状況を確認する方法。
「こうして……うっ」
特定の条件に合わせて魔力を棺に流すと、説明書よりはかなり少ない“ぴりっと”が再び僕の体に入ってくる。痛いというほどじゃないけど、不快は不快だ。
けど、情報はちゃんと入手できた。状況は“未使用”。つまり中には誰も入っていないし、そもそも使われた履歴も確認できない。
ここまで情報を得たことで、恐ろしい仮説に辿り着いてしまった。コピー世界なんかじゃなくて、この状況ってもしかして……。
「過去に、飛ばされた……?」
それもラセツが封印されるよりも前となると、百年以上前だ。目まいがしてくるね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます