第86話

 「はぁぁ、まあ、あれだ。アルの器量はわかった」

 

 腹の底から吐き出すような溜め息。ヤマキがここまで疲れたような態度――言ってみればある種の弱み――を見せるのは、短い付き合いとはいえ初めてじゃないだろうか。

 さっきの倉庫と今のどたばたで、僕のことをある程度は対等というか、同じステージにいる存在として見てくれるようになった……と思ってもいいんだろうか?

 

 「じゃあ、本題に入ろう」

 「おお、血濡れの刃団……だったか? 名前までわかったのはさっきが初めてだが、概ねは儂らで掴んでいた内容と違いない」

 

 ああ、やっぱりヤマキ一家の方である程度の情報は掴んでいたのか。だからあの無精髭男はあくまでも確認的な意味合いであって、だから僕を試すためになんて“消費”できたんだろう。

 

 「その団が好き勝手するのは止めるんだよね?」

 「当然」

 

 僕からの確認に、ヤマキは間髪入れず答えた。その低い声には断固とした意志が込められていると感じた。まあ、余所者の勝手を許すようなら裏組織なんてやめちまえってことになるよね。

 

 「アルには情報収集をしてもらいたい」

 「勝手に動いて良いってことかな?」

 「そうだ、定期的に儂に報告をしてくれれば、ある程度までは事後承諾で構わん」

 「それはやりやすくて助かるけど……」

 

 あまりに僕に都合がいい。そう言おうとしたのをヤマキの言葉に遮られる。

 

 「儂の勘だが……どうにも今回のことは嫌な予感がしやがる。ならこっちの界隈であまり知られてねぇアルを使わない手もねぇからな。儂らとは違った目線での意見が欲しいってのもある」

 

 そういうことか。このタイミングで僕を試すようなことをしてきたのもそういう目的があったからか。

 

 「意外と計算高いというか……合理的なんだな」

 「はっ! 用意周到でもあるぞ。アルにはあのシェイザの倅だけじゃなく、有能なメイドもいるそうじゃねぇか。単独で“組織”を持ってるお前さんだからこそ、勝手を許すって判断もできた」

 

 加えて情報収集だってしているんだぞ、と言いたいようだ。グスタフはまあ学園でも大抵一緒だから相棒として知られていて当然として、ライラとサイラのこともここで話題にだしたってことは戦闘とか情報収集面での有能さもある程度まで把握しているんだろう。

 ヴァイシャル学園の貴族寮には身の回りの世話のために使用人を自領から連れてきている生徒も別に珍しくはない。だからこの状況でヤマキがいう“有能”っていうのはまあそういうことだ。

 

 ラセツのことが出なかったのは知られていないのか、あるいはわざと伏せたのか……。まあ、こちらとしては適当にすっとぼけておこう。

 

 「ふふっ、なら任せておいてよ。そっちの期待以上の成果は報告しにいくからさ」

 「生意気いいやがる」

 

 僕の言葉に口端を歪めるヤマキが何を考えているのかまでは、さすがに読み取れなかった。

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