第87話
俺っちは長く冒険者をやってまして、ヴァイスのトンマーゾといやあ、知っている人は知っている名前なんでさぁ。聞いたことない? まあ、知らない人は知りやせんから。
そしてこんなでも俺っちは栄えあるヴァイシャル学園の卒業生でして……、座学は苦手でも実戦は得意でやした。好戦的な戦闘・戦術科でも俺っちとの模擬戦闘は嫌がる生徒が多かったというほどですから。
まあとはいえ、俺っちも学園という優秀でも狭い世界を出て、冒険者ギルドで世の中の広さを知った訳です。頼みとしていた腕前が“いまいち”なんて評価を受けることになるとは、昔の俺っちにいっても鼻で笑ったでしょうね。
「近頃街中でガラの悪いのを見かけることが多くなりやしたね」
「……そうか?」
ギルド内一階のホールは冒険者の休憩スペースになっていて、手の空いている者はそこで座って飲食ができるようにもなっていやす。それは待機所であると同時に、依頼を持ってきた人への商品陳列でもあるということ。
そんな場所で俺っちは同僚二人と話していやした。どちらも俺っちより年下ですが、実力は一級品で、特に今気のない返事をした方は圧倒的といっていいほどでなんでさぁ。
「この前、私に向かって“俺の女になれ”なんていってくる馬鹿がいたわぁ。なんて物知らずなのかしらと思ったけれど、今思えば余所者だったのねぇ」
そしてのんびりとした調子で話すこのもう一人の女も、ヴァイス冒険者指折りの一人。
「メンテさんは見た目だけなら魅力的でやすから」
「あらぁ、言ってくれるじゃない。うふふ……」
あ、まずい、メンテさんの垂れ目が笑っていない。調子に乗ったかもしれやせん……。
「事実だろうが。放っておけば一日中魔法の理論やら実戦利用やらの話ばかりし続ける女と睦み合いたい男など学園の教員くらいじゃないか」
「あらぁ……」
そこに最初の一人。ヨウさんが入ってくれたおかげで剣呑な空気は霧散しやした。
メンテさんは実際に魔法にしか興味がないような変人で、実戦で魔獣に向かって撃てる機会が多いという理由で学園の勧誘を断って冒険者になったらしいと聞いていやす。
で、ヨウさんは俺っちも冒険者になった経緯は知りやせんが、魔法は使えないものの超一流の剣士で、その強さを磨くことにしか興味がないような絵に描いたような冒険者でやすね。
魔法と剣の違いはあれど、その道への探求心という意味ではこの二人は似た者同士で、実際に気は合うようでこの休憩場所でもよく見かける組み合わせでやす。
圧倒的な戦闘能力と、世間には馴染みづらい性格。……まあ後者は別に条件ではありやせんが、これらが一般的な冒険者というものであるのは事実。そういう意味では俺っちはなんで冒険者になったんでやしょうねぇ……。どっかの領で騎士でも目指した方が……いや、貴族や出家者の知己もない、どが付くほどの庶民である俺っちが馴染めるとも思えやせんね。
そんな微妙に居心地の悪い、そしていつも通りの空気は長くは続きやせんでした。
「すみません、遅れました……」
そんな言葉を口にしながら入ってきたのは中年の男で、このギルドの職員。真面目揃いの職員の中でも真面目と評される、そんな男でやした。
冒険者というのは――自分でいうのもなんですが――曲者揃いなもんで、事務や来客対応を担う職員の方は、他より真面目な性分の者が多いんでやすね。
「珍しいな」
率直にそう口にしたヨウさんに、その職員は力なく笑って見せやした。
「ええ、衛兵をしている友人と一緒に歩きながら出勤していたのですが、朝から事件に遭遇してしまったものでして……」
「事件でやすか……?」
「はい……、たまにしか通らない近道に、氷漬けにされた死体なんていうとんでもないものがあったものですから」
「それはまた……」
俺っちも言葉に詰まりやした。職業柄死体というだけで動揺したりはしやせんが、平和なヴァイスの街中にそれがあったとなっちゃあ話は別。
「氷漬け……ね」
人間を氷漬けなんて間違いなく魔法でしょうが、氷となるとそれなりに“使える”奴が犯人。だもんで、メンテさんが何やら疼くような仕草をしてやす。
「見に行こう。これは勘だが、何やら気になる」
けどヨウさんがそう言って、掛けていた椅子から立ったのには驚きやした。街中で起こるのは事件であって、この人が興味を持つようなこととも思えないでやすが……。
俺っちのような比較的小心な人間は、超一流冒険者の勘っていうのが的外れであることを祈るばかりでやす。
「
「
「
職員はギルドに残り、聞いた場所へとやってきた俺っちとヨウさんとメンテさんが見たのは、衛兵が三人がかりで火の魔法を行使している場面でやした。
「砕いた方が良いんでは? 中の遺体も焼けちまいやせんか?」
「そんな器用に魔法を使える人がいなかったのでしょうねぇ。火属性なら簡単だもの、うふ」
メンテさんの言った通りに、確かに地属性なんかでうまく加減して氷を削るなんていうのは、難しい魔法の使い方でやすね。というか、俺っちも火と地が使えるものの、やれと言われれば火でとかす方を選ぶだろうな、と。
いや、そんなどころの話ではない……?
「全く変わっていやせんね」
「そうねぇ」
「……」
ヨウさんは無言で見つめ、メンテさんは少し目の色が変わったようでやした。
「私にも手伝わせてぇ」
「……? っ! これは冒険者の」
するすると寄っていったメンテさんが声を掛けると、衛兵たちはすぐに道をあけやした。冒険者が報酬を求めずにやるっていうなら、やらせない手もないでやすからね。
「
同じレテラ構成で発動させても、持って生まれた資質と、身につけた技量で魔法は変わりやす。ヴァイス冒険者ギルドでも屈指の手練れが発動するとなれば、それはもう別の魔法といえるほど。それがわかっているからこそ、衛兵たちも言葉もなく驚いていやす。もちろん俺っちも。
「…………火力の問題ではない? ならぁ、
常になく気合いのこもったメンテさんの詠唱。四文字詠唱であることはわかったけれど、後半二つは俺っちでは認識できなかった。状況とあわせて予想すると妨害と強化を使ったんでやしょうね。
「おお、とけた! さすがは冒険者だ!」
みるみると塀に張り付いていた大きな氷は小さくなっていき、しまいには水たまりに横たわる遺体だけとなっていやした。歓声を上げていた衛兵たちが慌てて仕事を始めるのを横目に、メンテさんは難しい表情をしていやす。
「厄介なものだったのか?」
俺っちも聞きたかったことをヨウさんが先んじて口にすると、メンテさんは人差し指を立てて自分の頭の中を整理するように話し始めやした。
「厄介も厄介、超厄介だったわぁ。ただの火魔法じゃだめだったから、魔法妨害の効果を混ぜて、それをさらに強化発動してやっとなんだから。だいたい、ただでさえ妨害のレテラは普通は自分の魔法を邪魔しちゃって使いこなすのが難しいんだからぁ。私でも――」
魔法オタクらしく語りが始まったメンテさん。これは長くなりやすね……。
「っ!?」
危なくみっともない悲鳴を上げるところでやした……。なにせ隣のヨウさんへふと目線を向けると、そこには目を爛々と輝かせた恐ろしい形相があったのでやすから。
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