第85話
「座ってな」
ヤマキから案内された先は普通の家だった。といってもかなり大きな家でいわゆる豪邸。あくまでも軍事基地とか要塞みたいだったりはしないという意味だ。
そしてその中である一室――いわゆる応接間――に通されて置いていかれた。一応ヤマキ一家の若い衆から紅茶とお菓子は出されたけど、肝心のヤマキが僕をこの部屋の前まで案内したきり戻ってこない。
「……お」
と、思っていたら戻ってきたみたいだ。そしてヤマキ以外にも二つの気配が近づいてきている。どちらもそれなりの魔力を感じる。
「……ちっ」
がちゃりと音をたてて扉を開けたヤマキが部屋内の状況を見てまず舌を鳴らした。どうやら僕が当たり前のように扉から見て部屋の奥側に座っていたのが気に入らなかったようだ。
待たされたからせめてとこうしていたんだけど、ちゃんと苛ついてくれて良かったよ。ここでヤマキが寛容だったら、完全に僕が馬鹿なガキになるところだった。いや、まあ、子供じみていることは確かなんだけど。
低めのテーブルを挟んで大きなソファが二つあり、僕が座っているのも対面にあるのも四人掛けでも余裕があるくらいの幅だ。その真ん中に僕は姿勢良く座っていたんだけど、その対面――やはり真ん中――にヤマキがどかっと腰を下ろした。背もたれに体重をたっぷりかけてふんぞり返った姿勢は、厳つい顔で厚みのある体をしたヤマキにはよく似あっている。
そして同行してきた二人はヤマキの座るソファの後ろに立つ。よく見ると知った顔……、さっきの倉庫で見張りをしていた男女だ。
「ルアナとフランチェスコだ」
「お疲れ様です、相談役。先ほどは挨拶もせずにすみませんでした」
「ふん……、好き勝手やって一家に迷惑を掛けたら、パラディファミリーからの客人といえどただでは済まんと知っておけ」
ヤマキの紹介を合図にして、それぞれが声を掛けてきた。薄く笑みを浮かべて丁寧に話すのは女の方。「すみません」とか言いながら頭は一ミリも下がらないし、その視線はさりげなく僕の手足を追っていて、もしヤマキに何かしようものなら即座に対応すると感じさせられる。
もう一人、男の方はやっぱりわかりやすく威圧的。裏社会のチンピラを絵に描いたような大男だけど……。
「
魔法をまとわせた手で、飲んでいた紅茶のカップを掴んで即座にためらいなく投げつけた。風をうまいこと調整したから、カップに残っていた紅茶は全てフランチェスコの顔面にしかかかっていないし、実際にヤマキには一滴も当たらなかったからか、ルアナの方は動かず笑顔も崩さなかった。
「客人……? 迷惑……? 僕はもうヤマキ一家の相談役だ。フランチェスコ……君の方こそ
一文字とはいえ風の魔法で強化されたカップを不意打ちで当てられたフランチェスコは、扉に背を預けるように倒れ込んでいた。顔を歪めているのは掛かった紅茶が熱かったからというだけではないだろうけど、その口が僕への罵倒のために開くよりもヤマキの一言が早かった。
「フランチェスコ、筋は通せ」
「っ!?」
大男の顔からさっと血の気がひき、倒れた体を起こすよりも逆方向に倒し直すことを選択した。……要するにこっちに向かって土下座している。
「申し訳ありやせん、アルさん!」
「いや、構わないよフランチェスコ。構成員の粗相を正すのも相談役の仕事だからね。僕はただ務めを果たしただけだ」
そういうとフランチェスコはその大きな体をのろのろと起こして元の位置に立ち直した。その動作の遅さに不満が滲んでいたけど、表情にも言葉にも出さなかったから、まあ良しとしておこう。
実際、今のは僕の気の短さとかじゃなくて、フランチェスコがまずい。上部組織のパラディファミリーが指名して送り込んだ僕を粗雑に扱うのはヤマキ一家の叛意ととられてもおかしくないし、そうなればまず飛ぶのは首領であるヤマキの首だ。
「…………すまん、手を煩わせた」
「なんのことかな?」
「ふん」
そして僕が動かなければヤマキが叱責していただろう。そうしないと一家そのものが危なくなるかもしれないから。そしてその時の“叱責”は殴るとか怒鳴るでは済むはずない。
結局、言われた僕が直接手を出して、そしてそれはただの職責だと口にしたことで、この場は丸く収まった。……それはまあ、ヤマキの表情も渋くなるだろうさ。
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