第247話

 足音はなるべく立てず、だけど素早く廊下の奥の扉へと辿り着く。

 

 「中には三人。怯えてる?のが二で、怒ってるのが一」

 

 読み取れた情報を早口で伝えた。扉の前に控えるのが僕で、ラセツとルアナとヴィオレンツァは後ろにいるから顔も仕草も見えていないけど、さすがにそれを振り返ってわざわざ確認する状況でもない。

 

 解析のレテラの副次効果で読めるのはわりとざっくりとした感覚で、個人識別なんてほぼできないし、人数にしたって人の多い所ではかなりあいまいになる。

 当然感情が読み取れるなんてことは基本的にないんだけど、中の三人分の気配はどれも震えているように感じた。扉から離れているのは怯えで震えていて、近くで待ち構えるようにしているのは怒りに震えていると考えてあっているだろう、たぶん。

 

 もうここは敵の拠点の中。だから悠長に突入するタイミングを味方に伝えるようなこともせず、僕は扉を押した。直前に鍵が掛かっていたらどうしようと気付いたけど、建物内の部屋は施錠されていなかったようだ。

 つまり、あっさりと扉は開き、中の様子が目に入ってくる。

 

 「あぁ!? 誰だテメェらは! ……いや、そいつはヤマキ一家の幹部だな。くそっ、やっぱりジゴロウのやつは捕まってたのか!」

 

 部屋の隅には震える二人の女。気温を考えると過度に薄着だから、どういう存在かは想像がつく。とはいえ、慎重で狡猾なデルタファミリーの幹部がそこらの女を拠点に招き入れるとも思えないから、こいつらが“四人”の内の二人ってことだろうか。頭領の情婦兼、そういう商売や仕掛けの担当ってところかな。まあそっちは戦闘能力はなさそうだから今はどうでもいい。

 

 そして扉を開けるなり大きな声をだしていたのが、部屋の中央に立っていた男だ。恐らくデルタファミリーの頭領であろうこいつは、右手の指を左手で握るような、妙な姿勢でこっちを睨みつけてきている。

 

 というか、先頭で入った僕の顔を見るなり「誰だ」と叫んでいたけど、後ろにいるルアナのことは把握していたみたいだ。ヴァイスの裏社会では知られた顔だろうから当然といえば当然のことだけど、一方で僕やラセツはもちろん、ヴィオレンツァのことも知らなかったようだ。

 つまりデルタファミリーはヴァイスの外――少なくともコルレオン――のことまではよく知らないといった程度の規模らしい。どこか遠くから流れてきたか、あるいはここヴァイスで発生した組織ってことなんだろうね。

 

 「話をしに来た訳じゃないんだ、悪いね」

 

 適当に頭領らしき男に受け答えつつ、頭の中では魔法の構成を色々と考えて機を窺う。

 隅の二人の女はただ怯えているだけっぽいから、油断はしないけど脅威でもなさそう。ただこの男は変なポーズをとっているわりに侮れないと直感している。そこそこ身のこなしは良さそうだけど、戦士としてはグスタフに遠く及ばない雰囲気。とすると警戒すべきは魔法の腕だけど……、それもなんか違う気がする。

 勘でしかないのが微妙なところだけど、総合してたいした敵ではない。そう判断できるのに、やっぱり侮れないと脳内で勘が叫んでいる。裏社会の人間特有の怖さ……というか危うさのようなものを感じているのかもしれない。

 

 とはいえ……いやだからこそ、変に警戒して時間を掛ける方が愚策か。一気に仕留めてしまおう。できれば生きて捕まえて情報を引き出したかったけど、欲を出さない方が良さそうだね。

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