第248話

 「お前らは隠れてろ!」

 

 やっぱり右手の指を左手で握った格好のままで、男が怒鳴った。隅で震える女達をかばったから、思ったよりも深い仲だったってことなのかと思ったけど……。

 

 「……ん?」

 

 ふと、その女達の近くに白衣が二着掛けられているのが目についた。サイズ的に男のではなさそうだ。

 僕らが部屋に入った時に見た格好から勘違いしたけど、この女二人はただの情婦ってことでもそういう商売の仕切り役ってことでもなくて、魔法薬師だってことだろうか。幹部にして中心メンバー四人の内の二人がそういう専門であったとするなら、デルタファミリーっていうのは思った以上に薬に特化した組織だったってことか。裏組織というより、まるでヴァイスやヤマキ一家への嫌がらせのためだけに作られた集団って印象すら受ける。

 

 「お前がデルタですね?」

 「だから何だってんだ、このクソ女が!」

 

 ルアナの問いかけに男――デルタ――がやはり怒鳴って返してきた。そういえばデルタファミリーは頭領の名がそのままデルタだっけな。まあ、それがこいつの本名か、受け継いだ名かは知らないけど。

 とはいえさっきから大きな声で騒いでいることも、そしてルアナの質問に素直に答えてしまっていることも、そのどちらからもだけどこいつが相当に焦っていることが見て取れる。組織構造からして特殊だし、ここに至るまでヤマキ一家や僕らに尻尾を掴ませなかったこともあってかなり慎重な連中だとは思うけど、だからこそこうして目の前に敵対者が現れるまでに追い詰められると想定していなかったのかもしれないね。

 賢く立ち回り、自分のことをそうだと自負してもいる奴っていうのは、えてして想定外の事態には弱いものだろうし。

 

 と、ルアナとのやり取りでこっちの意識がデルタ一人に向いたからだろうか、さっきからわたわたと白衣を着ていた女達が、こそこそと移動し始める。入り口は僕らの後ろで、この部屋には他に出入り口どころか窓もないように見えるけど、きっとあいつらが移動する先に隠し通路でもあるんだろうね。……というか、この状況でデルタだけに夢中になって他の幹部から気を逸らしているはずもないのに。

 

 ――っ!?

 

 と、そんなことを言いながら、僕の意識はやっぱり“目の前の敵”に寄り過ぎていたのかもしれない。隣で動き出すまで察知できなかったし、動き出してから止めるのも間に合わなかったんだから。

 

 「逃がしませんよ、このドブネズミどもが」

 

 ついさっきまで僕の近くにいたはずのヴィオレンツァが、デルタも通り過ぎて部屋の奥側にいる。その突き出した拳は赤く濡れていて、薄着の上に白衣を着た女がいつの間にか一人となっている。もう一人の方は既に赤い塊として転がっていて、もはや呼吸している様子もない。

 

 踏み込みと攻撃の速さもだけど、殆ど音がなかったことにも驚愕する。

 派手な炸裂音や鈍い音を出さずに人間を血だるまにした攻撃は、莫大な力のほぼ全てを無駄なく攻撃力に変換したことを意味する。恐ろしいまでに鍛え上げられた肉体と研ぎ澄まされた技、そしてたぶんだけど何らかの特殊能力が合わさっているんじゃないかな。

 

 「く――」

 「止まれ、ヴィオレンツァ!」

 

 デルタが何か叫ぼうとしていたけど、無視して今度は僕が怒鳴る。大きな声に意識して魔力も載せたそれは、かろうじてパラディファミリーの大女を引き留めるだけのものではあったらしい。

 

 「勝手をしました」

 

 さっきと違って普通に目で追える速度で戻ってきたヴィオレンツァが、しれっとそんな謝罪を口にする。あくまでも助勢しにきた者が無断で攻撃までしておいて、「勝手」どころではない話なんだよね。

 

 「あれは見たところ例の魔法薬のことをよく知ってそうだ。殺さずに捕まえたい」

 「なるほど」

 

 わざわざ口に出して説明すると、どこからか取り出したハンカチで手を拭っていたヴィオレンツァは真っ赤になったそれをそこらに放り捨てながらそっけなく答えた。

 手を拭ってるってことは、もう攻撃しない意思表示ってことでいいんだろうか? いや、まあここまで言った上で無視して暴れたらそれはそれでサティに文句を言う口実にもなりそうだから悪くないか。

 

 ヴィオレンツァとは反対側からぎしりと小さな軋み音。

 ちらりと見ると、ルアナが静かに苛ついているようだった。ラセツはというと、平然としている。ルアナは僕に対してどうというよりは、単純に勝手な振る舞いに腹がたったんだろう。ラセツは僕に危害を加えようとする相手には容赦ないけど、直接的な危害でなければ意外と無頓着だ。まあラセツはわりと気分屋なところもあるから、結局は時によるんだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る