第332話

 僕とグスタフはここまで人数を減らしながらも無傷でこれたけど、パラディファミリー側に残るは四人、か。ラボラトーレは幹部の数だけで三人と言っていたけど、こっちはドンであるサティまでここで仕留めるつもりなんだ。

 

 そんなことを考えながら新しい部屋へと辿り着く。ラボラトーレがいたあの広い部屋を出たところは短い廊下になっていて、その先がこの新しい部屋だった。こちらもまた広々としていて、そして中央に一人立っているというのも同じだった。

 もちろん、あれが幹部だろうし、ヴィオレンツァでもインガンノでもないということは“恐怖”ということで間違いないだろう。

 

 僕は一応、そいつの名前だけ知っていた。情報の収集と操作を担当するその幹部はパウラというらしい。

 

 「二人かぁ……」

 

 思えば侵入者に対してまともに挨拶なんてするラボラトーレの方がおかしいのかもしれない。こちらを無視して何やらぶつぶついっている地味な女を見てそう思った。いや、まあラボラトーレにしても大概失礼というか上から目線が鼻につく態度ではあったんだけどね。少なくとも形式的には礼儀正しくはあった。

 

 だけど目の前にいる奴は露骨にこちらを無視している。目線だけは不躾にこちらを向いているから気付いていないなんてことはありえないし。

 

 「パウラ、相談役相手に冷たい態度じゃないか?」

 

 突然相手の名前を呼んでわずかでも動揺を誘いつつ、元の肩書きを殊更に主張して挑発する。他の三人の幹部に会った感触からしても、そんなちゃちな精神攻撃が効くはずもないんだけど、まあやるだけならということで。

 

 「な、なぜ僕の名前を……っ!? そ、そそそれにあなたはもう相談役ではなくて、敵です敵!」

 

 こちらを指差しながら盛大に動揺されてしまった。

 ようやくこちらに反応したと思ったらこれだ。見た目は地味としか印象を抱けないような奴なのに、動きはなんというか妙に道化じみている。

 

 「こっちだって知っているんですよ! アルにグスタフにあとなんかわらわらと!」

 「……うん?」

 

 僕とグスタフの名前はそりゃ知っているだろうし、妙に強調して「わらわら」とか、何が言いたいんだこいつ?

 もしかして挑発しかえしているつもりなのかな。

 

 「だいたい、あなた程度で僕に、この、僕に勝てるとでも?」

 

 こちらに向けていた指をはっきりとグスタフに固定してそんなことを言ってくる。まあここまでの流れからいっても、向こうだってこっちのとる手は予想がつくか。

 

 「勝てるよね?」

 「ああ、問題なくな」

 

 それだけやりとりをして僕は先に進む。グスタフがこんな奴に後れをとるはずないから足取りも重くない。

 

 悠然と余裕のある歩幅で歩く僕は奥の扉へと進んでいき、ちょうどパウラの横を通り過ぎるところで――

 

 「あはっ、引っ掛かった! 僕のこと侮ったでしょ? 通してもらえると思ったでしょ?」

 

 ――パウラがどこからか取り出したナイフを持って、僕に迫っていた。

 

 つまり、こういうことだ。

 情報を武器とするこいつは、会話で自分を幹部にしては弱い奴と印象操作しつつ、グスタフに狙いを定めることで前の部屋と同じく僕だけは通れるように思いこませてきた。油断させておいて不意打ちするための場を整えたってことだ。

 

 ……まあ、僕もグスタフも油断なんてする訳ないけど。

 

 「おおおおおおおおおぉぉぉっ!」

 「なっ、んで!?」

 

 ナイフが僕に届くよりも前に突っ込んできたグスタフによって阻まれ、パウラは動揺を見せている。なんとなく、この動揺もうさん臭いように見えるけど……まあいいかそれは。

 

 そしてこの場は相棒に任せて、僕はやはり悠然とこの部屋を後にした。

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