第225話

 ぎいいぃっと軋む音を立てて扉を開くと、中には黒髪の中年男が棚に向かってしゃがみ込んでいた。あまり丁寧に整えてはいない黒髪のその男は五十にはいかないだろうけどそれなりの年齢に見える。だけど年齢相応の落ち着きとは無縁の、忙しない仕草で苛ついた空気を放っていた。

 

 「……ちっ」

 

 こちらには視線も向けずに舌打ちをひとつ。

 

 「「…………」」

 

 僕とグスタフが無言で倉庫内へと入って扉を閉じる間も、特に何を言ってくることもなかった。解析の魔法を感知したということではないだろうけど、ここへ向かってくる僕らの気配には気付いていた様子だ。

 

 「はぁ……この倉庫にはおもしれぇ物なんてねぇぞ」

 

 溜め息のあとにぶっきらぼうな忠告。こっちを見てもいないのに低い声だけで中々の威圧感だ。普通の生徒なら慌てて引き返すところなんだろうけど、これで逆に普通の教員じゃないことに確信が持てた。

 

 「ジゴロウ先生」

 「あ?」

 

 名前を呼ぶとようやくこっちに目を向けてきた。反応したってことはカミーロの情報通り、この倉庫にいたのはジゴロウという名の教員で間違いなかったということだ。

 あとは内通者であるということも、確認しておかないとね。もしカミーロに偽情報を掴まされていたら笑い話にもならない。

 

 そうなると、さてどうしようか……?

 

 普通に聞いたって答えてくれるはずもないけど、見た限りこのジゴロウは駆け引きの得意な人物にも見えない。情報をぶつけて反応から推測するとして、何も得られなかったらカミーロを信頼するしかないかな。

 

 「デルタファミリーに関する情報を洗いざらい吐いてもらいに来たよ」

 「…………」

 

 確信を持っていますと態度で見せるように、にっこりと笑顔で語り掛ける。対するジゴロウはしゃがみ込んだまま無言で固まった。何も知らないなら「デルタファミリーってなんだ?」と不思議そうな反応をするはず。なにせデルタファミリーはつい最近になってヴァイスで台頭してきた新興の裏組織だ。真っ当な学園教員が知っているような名前じゃない。

 

 「お前らのことは知っているぞ。ちょっと成績がいいくらいで学生風情が調子にのったなぁ?」

 

 年齢を感じさせる億劫そうな仕草で立ち上がりながら、ジゴロウはそんな言葉を投げてきた。僕の笑顔に看過されたのか、向こうは獰猛な肉食獣の笑みを浮かべている。

 そして立ち上がるとグスタフと同じくらい長身で、体の厚みもあることが見て取れる。こんな厳つい教員にこんな表情を向けられれば、普通の学生は怯えて動けなくなることだろうね。

 

 「グスタフ、確認はとれた」

 「ああ、わかっている」

 

 ふっと顔から笑みを消した僕が、視線はジゴロウに固定したままで相棒に準備は整ったことを告げると、グスタフはずっと手を添えていた柄を引き上げて分厚い剣身のロングソードを抜き放った。

 

 「なんなんだぁ、お前らは?」

 

 そんな僕らの戦闘態勢への切り替えに感じるところがあったのか、ジゴロウも腰に吊るしていたロングソードを抜く。戸惑う様なその言葉と顔に張り付いたままの笑みとは裏腹に、隙らしい隙は見当たらない。

 元冒険者という肩書きは潜り込むための偽装じゃなくて、事実なんだろうな――そう思わせるようなその姿だった。

 

 「僕らが何かっていうのは後でたっぷりと話す時間があるよ……、あんたをぶちのめした後で、ね」

 

 だから僕も心中から意識的に油断を追い出すように、戦意を心に満たしつつ敵対宣言を口にした。

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