第226話

 ジゴロウがさっき抜いたロングソードはよく見るとちょっと特殊なものだ。剣身は特別に分厚くも長くもない、一見すると普通のものだけど、その刃が片側にだけついている。直刀だから刀というよりは大きな包丁といった感じだけど。

 そして一般的なロングソードと変わらない大きさの武器を持つジゴロウと、大振りな武器を持つグスタフでは、この狭い倉庫の中だとジゴロウが有利だ。さらにいえば、徒手格闘を得意とする僕が一番有利ってことなんだけどね。

 

 「……慎重にな」

 

 状況判断から半歩前に足を動かすと、正確に意図を察したグスタフが僕にだけ聞こえるように小声で忠告してきた。相手の情報は武器戦闘が得意な元冒険者だということ、しかもそれが本当のことだという保証もない。まあ、今目の前で片刃のロングソードを手にして立っている姿から、それで間違いないだろうと感じてはいるんだけど。

 

 「調子にのったガキどもがよ……、いいぜ、思い知らせてやるよ。俺は教員なんだしな」

 

 “教員”の部分を強調しつつジゴロウは挑発のようなことを言ってくる。その発言だけでみると、こいつは三下そのものだ。今も唐突に正体を看破されたことに動揺しているようにしか見えない。

 だけど、その立ち姿や、手にしたロングソードの刃先がブレなくぴたりとこちらに向いている様子なんかからすると、舐めてかかると痛い目をみるという直感が働く。

 

 「ヴェントっ!」

 

 不意打ちの風魔法。一文字で制御されずに発動するそれは、長く留まって荒れ狂うことも、切り裂く刃となって飛んでいくこともない。ただその場に突風が吹くだけだ。

 だけど、今の僕が使う一文字魔法は“タメ”がない。詠唱した瞬間にはもう発動している。そしてこの場は狭い倉庫で、壁際には資材が山と積まれていた。

 

 「おぉわあっ!?」

 

 その結果として、突然降りかかってきた資材にジゴロウは驚く。怪我どころか痛みを与えることもできない程度の攻撃だけど、動揺させることには成功した。

 

 「ヴルカ!」

 

 当然のこと、僕はただ見ていた訳ではなく、ジゴロウが戸惑っている間に踏み込んでいる。最初からそれほど離れてはいなかったから、瞬きする間に接近できた。

 そして今度の一文字魔法は“放った”のではなく“まとった”。最初の頃は相当慎重にやらないと自分の手を火傷させていたけど、今はそれなりに魔力を込めても大丈夫だ。

 

 「おらっ!」

 「ぐぅ」

 

 だけどジゴロウもやはりただ者じゃなかった。僕の殺気を察知したのか、手にしたロングソードで拳打をしっかりと受け止めている。

 炎をまとった拳に長剣の片刃が当たっている状況だけど、魔法がのった拳は物理的な力も発しているから、実際は刃が僕の手に届いている訳ではない。つまり相手の刃と僕の魔力が押し合って拮抗しているような状況なんだけど――

 

 「うぁっち!」

 

 ――耐えられないという悲鳴を上げてジゴロウは僕から慌てて距離をとる。火魔法が放つ熱が剣を伝って柄から体感したのだから仕方がない。というより、それでも取り落とさずにいたことだけでもたいしたものだ。

 でもたいしたものといっても、大きな隙をさらしたことには違いない。そして僕は火の魔法拳を振り抜いた体勢だけど、こっちは一人じゃない。

 

 「おおおおおおぉっ!」

 

 僕の風魔法で資材が散乱した足元をものともせず、重厚なロングソードを振り上げたグスタフが一直線に突撃をしていった。

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