第227話

 元より狭い部屋の中だったし、グスタフの瞬発力は人間の限界に迫るようなものだ。つまりその突撃は本当に一瞬の間の出来事。なのに僕には時間が引き延ばされたようにゆっくりと感じられていた。

 

 「――おおっ!」

 「……」

 

 雄叫びをあげるグスタフはぐんぐんと距離を詰め、その詰められている相手であるジゴロウは先ほど熱がっていた柄をしっかりと握りしめてロングソードを構え直している。

 

 今僕が時間をゆっくりと感じているのは危機感があったからだ。きっと手の平を火傷しているだろうに、そんなことを全く表情にださないジゴロウの姿は戦闘態勢が崩れていないことを示している。

 そして怯えも動揺もせずに構えるのはグスタフの突撃を迎え撃てるという算段があるからだ。

 

 今なら魔法の一発くらいは撃ち込める。だけどここからグスタフを追い越してジゴロウに当てるには発動が相当速くないといけないから、威力が高くかつグスタフを巻き込まないなんて難しい制御を組み上げている余裕はない。

 というか、威力はいらない。それは振り上げられているグスタフの剣に十分込められているものだからだ。僕はあれがジゴロウに当てられるように補助すればいい。かといって、たとえばジゴロウの手にだけ当てるなんていうのは……勘付かれて避けられれば終わりになってしまう。

 

 一瞬の中のさらに一瞬。集中力と危機感で圧縮された短い時間の中での思考に、不意にノイズが混じる。

 それはここに来る少し前に体験してきたばかりの戦いの記憶だった。僕とグスタフの二人がかりでも倒せなかったあの一戦二の担任教員は、妨害の制御を含めた風魔法でグスタフの足を鈍らせていた。殴るだけが格闘ではないように、ダメージを与えるものだけが魔法ではない、という当たり前のこと。

 

 「ブイオ妨害オスタ放出パルティっ」

 

 動きを阻害する概念として妨害のレテラを組み込んだ闇魔法を、塊にして放出で撃ち放つ。闇・放出の後ろに妨害を付加して詠唱しても多分いけるけど、それだとただの視界や魔力集中を妨害する闇弾にしかならない。こうして妨害のレテラを先に組み込むことで、より厄介な効果を発揮できるはずだ。

 

 「ちっ、鬱陶しいガキどもがっ」

 

 僕が闇魔法を撃ったことにもしっかりとジゴロウは反応する。とはいえ、やっぱりあいつは魔法は使えないようで、僕が何を詠唱したのかまでは理解できず、手から放たれた闇弾をみて目くらましに過ぎないと判断したようだった。

 

 だから、グスタフへの構えは崩さずに、左腕を振って雑に闇弾を払った。闇属性に攻撃力がないことを知っていたのはさすがだし、ああしたってことは普通の・・・闇魔法ならあれで払えるだけの技量も持っているってことだろうね。だけどこの一瞬で詠唱の長さから三文字ならより厄介な制御が組み込まれているかもしれないとまでは判断できなかったようだ。

 

 「なんだぁっ、こりゃぁ!?」

 

 声を上げて戸惑うジゴロウには、僕が放った闇が絡みついていた。闇属性の魔法が何の痛みも衝撃も与えないということは、つまり掴んだり振り払ったりもできないということだ。そんなものに動きを鈍くする妨害の制御が加えられているし、闇だから当然目を覆えば視界も利かない。

 こういう搦め手をうまく使っていたカミーロの姿から着想を得てとっさにやってみたけど、思ったよりも有効だったようだ。

 

 そして完全に迎撃態勢が崩れたジゴロウは、目前まで迫っていたグスタフに対してもはや対応できるはずもない。

 

 「ぉおらっ!」

 「ぐべ」

 

 突撃の勢いはそのままにグスタフが振り下ろした重厚なロングソードは、その腹の部分でジゴロウの頭頂部を打ち据え、容易に意識を奪っていた。

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