第284話
はっきりいって無茶だとは思うけど、決めたのなら迷っているような時間も惜しいだけ。ならとにかく行動に移すだけだ。
「ユーカ」
「あ、え?」
近くにいるユーカにだけ聞こえる程度の声で合図を出し、すぐに反転して走り出した。ユーカはというと戸惑った様子をみせたものの、体は素直に動いてついてきている。
――っ!
――追え!
背中の方からは慌てた声と、足並みが乱れる音が聞こえてくる。逃げる相手を追うのがあいつらの仕事だと思うけど、今回は直前まで悠然としていた僕が急に逃げ出したからうまく驚いてくれたようだ。
すぐに追うように指示する声も一緒に聞こえていたけど、展開中に動揺することとなった衛兵たちは思ったより体勢が崩れていたらしい。そのおかげで僕とユーカは広場の端まではすぐに辿り着くことができた。
背中を見せた瞬間に総攻撃にさらされると覚悟して動いたから、こっちが逆に驚いたよ。
まあ、そんな余裕のあることを考えてられるのもさすがにここまでだろうね。
そう思いながら魔力を全身に行き渡らせ、広場の壁となっている建物へと足を掛けた。
この場所を囲っているのは壁じゃなくて高さのある住居だ。つまり凹凸はそれなりにあって、踏み場所には困らないってことでもある。僕やユーカの身体能力ならただ登るだけなら余裕だしたいして時間もかからない。
だからといって背中の方から飛んでくる攻撃を防いだり避けたりすれば時間がかかるし、時間がかかれば追い付かれてしまう。
あの数に追いつかれて手間取っているうちに万が一捕縛されでもしたら、殺人犯として相当長い時間投獄……いや、相手がカッジャーノ家の人間ということもあるから死刑になるか。そうなればやってないなんて言い分は聞いてもらえるはずもないだろう、というかそんな手回しはパラディファミリーがしているだろうし。
とにかく、この場は多少傷を負ってでも逃げる必要がある。
「うっ……くそッ!」
「う……あぅ……」
不意を突いて動いたことで距離はあけられたとはいえ、そこまで広くもないこの場所でのこと、飛び道具は普通に届く。
矢が何本も飛んできて肩を掠めたものだから、思わず不満が口から出た。痛みや攻撃されていることに対する腹立たしさもあるけど、この状況を仕組んだパラディファミリーやそれにまんまとのせられている衛兵に対してのもっと根本的な怒りだった。
隣で一緒に壁を駆け上がるユーカも傷を負ってかなり情けない声を出しているけど、そこはさすがの特殊能力保持者で、掠り傷程度はできた端から治っている。
なんとか振り切れそうか……。そう思って苛つきを呑み込もうとした時だった。
「「「「
「あ゛ぁっ、くそがァ!」
予想よりもかなり早く立て直した衛兵達の詠唱が後ろから聞こえた。矢程度なら威力は知れているけど、魔法となると話は違う。
実力差のある相手の魔法とはいえ、無防備に直撃を受ければ重傷になる。かといって防御に気をまわせば逃げる足が止まることになる。せめて真っ直ぐ逃げているのならともかく、こんな縦に登っているような状況だとそれはそれでやっぱり致命的だ。
進むも地獄、戻るも地獄。ならばどちらの地獄がマシか。正解のない二択で決断を迫られて足が止まりそうになる。いや、それはやっぱりまずい。ここは耐えて逃げに徹しないと次がなくなってしまう。
「ああぁっ!」
そう考えて駆け上る足に力を入れ直した瞬間、隣にいたユーカが悲鳴とも咆哮ともつかない声を上げながら突然体を宙に放り出した。
「ユーカっ!」
この状況で止める暇も余裕もない。だからただ驚く僕が辛うじて目線だけを後ろに向けると、こっちへ向かっていた魔法の火球のほとんどがユーカの体へと殺到しているところだけが見えた。
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