泥を啜る・再起編
第288話
「なんだぁ、お前ぇ!」
「お前こそなんなんだよお!?」
薄暗い建物内に怒号が響く。だけど周囲にいる他の人間は誰も止めようとはしない……どころか、興味すらなく目も向けないのが半分、酒の肴とばかりににやにやと見ているのがもう半分といったところだった。
とはいえここは酒を飲むための場所だから、その周囲の反応の方がむしろ正しい。喧嘩する奴らの方が間違ってるんだよね。
まあ、だから僕がこうして雇われている訳だけど。
「その辺にしときなよ、皆迷惑してる」
「「あんだぁ!?」」
寄っていって声をかけると二人揃って怒鳴ってきた。息が合っているしこれ実は仲が良いのでは……?
「「うっるせぇ!」」
そしてやっぱり二人揃って腕を振り上げると、同時に殴りかかってくる。同時攻撃とはやるね、どちらかを防いでももう片方があたってしまうから反撃できずに下がって避けるしかない。……まあそれは、ある程度実力が近い相手での話なんだけど、ね。
「これで最後だよ、もうやめた方がいい」
「「っ!」」
二人の拳を手の平で包み込むようにして受け止めた僕は、そのまま最後通告をした。
「ぁぁ……ぅ……」
「ぐああっ」
魔力を通した手でそれなりに強く掴んでいるから、素人臭く握り込まれた拳は軋み、二人は痛そうに呻いている。
とはいえさっきのも所詮は酔っ払いの喧嘩。ここまで来て突っ張るつもりもなかったようだ。
「「す、すみませんでしたっ!」」
「はい、どうも」
やっぱり二人して同時に謝ってきたから、僕はあっさりと手を離した。
揉めていた内の片方は「へへ……」なんて言ってぺこぺことしているけど、もう片方はまだ不満が残っていそうだ。今日のところはいいけど、また今度何か問題を起こしたら後悔するのは君なんだけどなぁ。
「ひょろっとしてる癖に、なんてぇ力だよ……」
そしてその不満そうな方がぼそりと呟いた。思ったより感情がこもっていたのか、その声は意外と大きくこの場に響いた。
とはいっても、僕はもう背を向けていたし、僕自身に向けた悪口ならまあ許容してやろう。単純に目立つことはしたくないし、それ以前に今の僕は雇われ用心棒、店への迷惑をやめるならそれでいい。
「馬鹿だなぁ、お前。アルさんをそんな風に言うなんて新参丸出しじゃねぇかよ。そんなじゃこの裏町じゃ生きてけねぇぞ?」
「うるせぇっ! あっ、いや、へへ……」
さっきまで楽しそうに見ていた内の一人が、聞き咎めて警告めいたことを言う。まあ確かに僕はこの酒場の用心棒をしているだけではなくて、コルレオンに残る数少ない治安が悪い区域であるこの裏町全体での顔役みたいなこともしているから、舐めた態度をとるってことは実際に新参者なんだろうね。
それ以前に、体格なんかで相手の実力を推し測ろうとしている時点で素人だけど。
……おっと、そろそろ時間だからいかないと。今の僕――裏町のアル――には、色々と仕事があるんだ。
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