第342話

 「ヴルカ……滞留スタレ……」

 

 火魔法の、滞留制御だ。最初の時みたいにこれをさらに強化制御して圧倒されるような熱気の炎の壁をだしてから風で吹き付けてくるのか、それともさっきみたいに三文字目の詠唱を二文字目として直接撃ってくるのか……。

 

 考えて動きが止まった僕の前で、ごおおっという音を立てながら炎の壁が出現する。

 

 「くそ!」

 

 小さな声で吐き捨てた。

 見事に術中にはまって翻弄されている自分の馬鹿さに腹が立つ。

 

 確かにあのレテラ詠唱のフェイントは厄介極まりない。魔力をある程度見ることができるからこそ、引っ掛かってしまうということもある。

 だけど今のなんて、ただ思わせぶりに二文字魔法を詠唱しただけだ。きっとこの炎の壁の向こう側ではインガンノがその幼く見える顔を愉悦に歪めているのかと思うと、本当に苛々する。

 

 ……とはいえ、これで怒ったらますます相手の思うつぼってやつだ。

 

 「ヴェント……」

 

 とにかく次に来るであろう攻撃は、高確率で風魔法だ。それでまた炎をこちらに向けようとしてくるだろう。だからこちらも強力な風魔法を用意しよう。強化レテラを入れて三文字で発動すれば、多少発動が遅れても………………。

 ……いや、違う。

 何を僕は後から対応しようとしているんだ。冷静ぶって、落ち着いて対処しようとした結果が、この状況じゃないか。

 賢しらに策を弄したり、余裕ぶってにやにやと見下してきたりする相手への対処なら、僕は知っているはずだ。前世の記憶はそうした経験に塗れているし、今の人生だってそう違いはない。

 

 仲間が身を挺してここまで送り届けてくれたって想いがあったせいかもしれない。仲間は大事だけど、それに引っ張られて自分らしさをなくしていたら世話ないよね。

 

 「……はぁ」

 

 苛々していた気分を、構築しかけていた魔法と一緒に息にして吐き出した。

 

 「ヴェント

 

 さっきと同じ風属性の魔法。だけど放出制御して突風として発動させようとしていたさっきとは違って、今度は単体の属性として両脚にまとわせた。

 これで思う存分に速く動ける。

 

 「っ!」

 

 大声で叫ぶようなこともなく、静かに床を蹴った。

 

 「オーセア放出パルティー」

 

 炎の壁の向こう側から詠唱が聞こえる。水魔法……?

 

 爆発音と同時に靄が白く広がり、その中を何か小さな物が飛んでいく。水属性の氷魔法だ。制御が難しいとされるこの魔法も、インガンノにとっては短時間であっさりと発動させられる程度ということか。

 とはいえ、炎に触れたものが蒸発して煙幕として作用しつつ、その中を解け残った氷が飛んでくる。致命傷は負わないだろうけど、かなり厄介な攻撃だ。それもこれまでのやり取りがあった後でこれ。冷静に対処しようとしていた時の僕なら、傷を負いつつ叫んでいたかもしれない。

 

 ――そんなことを、上から見下ろしつつ思った。

 

 そう、風魔法を足にまとった僕は、その直後に部屋の上部へと跳び上がっていた。そこから天井を蹴って降下するまでの一瞬の間に、予想通りの表情をしているインガンノがとった行動を見ていたのだった。

 

 もちろん、冷静ではないし、落ち着いてもいない。そういうのはやめて、素直にこの内にある衝動を解放することにさっき決めたから。

 

 「これで死ねよ、おらァ!」

 

 心のままに咆哮しつつ、風魔法が天井に触れて炸裂した勢いで突進する僕は、拳をインガンノがいる方へと突き出した。

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