第343話

 風魔法による加速で得られた速度をそのまま攻撃力に変えて叩きつける。

 

 「ふぶぁっ!」

 

 炎の壁はもう消えているけど、視界を遮る水蒸気は残っている中をインガンノは転がっていく。顔面を強打したからかなりのダメージを与えたはずだけど、手応えとして仕留められてはいないはずだ。

 気持ちが昂っているせいで、そのまま普通に殴ってしまった。手にも魔法をのせておけば今ので終わらせられたかもしれなかったのに。

 いや、まあいい。あいつを殴る機会が増えたとでも思っておこう。

 

 「ヴルカ強化フォルテっ」

 

 強力な熱が右手から顔の方まで立ち昇ってくる。強化制御した火魔法、それを片腕のしかも拳にだけまとわせた。

 

 「お、おお、オーセア滞留スタレ強化フォルテぇー」

 

 と、薄れてきた靄の中で上半身だけ起こしたインガンノが詠唱する。吹っ飛ばされている時にはもう準備していた? それにしても三文字の発動としては早い。

 やっぱり油断のならない魔法使いだ。

 僕とインガンノとの間に発生した氷壁を見てそう思う。広い部屋を隙間なく区切る大きさだからか、それ程厚みがあるようには見えない。向こう側がわりとはっきりと見えるくらいだ。

 だけどそれは相当の頑丈さを持っているように感じられる。込められている魔力が段違いだ。

 “支配”のラボラトーレが戦闘は不得手だというようなことを言っていたけど、インガンノと対しているとそれが謙遜でも何でもなかったことを実感する。

 

 まあ、こっちには高尚な魔法戦をするような気はもうないんだけどね。

 

 「おおおおおおぉぉっ!」

 

 右手に熱を放つ火を灯して、心にはそれ以上に熱い衝動を抱えて、張られた氷壁へと駆け寄って拳を叩きつける。

 その頑丈な魔法の氷壁は衝撃力で砕けるようなことはない。熱で氷が溶けるという自然現象に素直に従うこともない。だけど僕が拳に込めた魔力が、インガンノが魔法として行使した魔力を上回っている分だけ、氷を歪ませ砕いていく。

 そもそも、広い範囲に展開している魔法と、一点集中している魔法でぶつかればこうなるのは自明ってやつだ。

 

 何度かがんがんと氷壁の砕け壊れる音がした後で、ひときわ大きく破砕音が響くとちょうど一人が通れるくらいの穴が空いた。

 もちろん僕の右拳にはまだ炎が煌々としている。

 というか、壁を抜けたらすぐに次の手を打ってくると思ったけど、既に靄が晴れた中でインガンノは立ち上がっているけど何もしてきていない。

 

 「殴らせろ!」

 

 だけどそれを警戒して足を止めるようなことはない。僕はひと際大きな声で、素直な攻撃の意思を宣言しながら、右手の火魔法を叩きつけるべくインガンノへと突進していった。

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