第355話

 喋れたのが不思議なくらいのあの喉の状態では呼吸なんてできてないだろうし、それ以前に後頭部まで貫いていたから間違いなく死んだはずだ。

 サティはこのパラディファミリー本拠地の最奥部で最期を迎えた……なんてこれで喜べるはずもない。

 

 「タダス……タダ、ス……セカイヲ……アヤマリ、ヲ」

 

 うわごとのようにというよりは、壊れた機械のように、ぶつぶつと呟くサティの目はこちらを向いていない。だけどはっきりと僕を見ていると感じるのは、おそらく勘違いじゃないだろう。

 人ならざる何者か……、そういうものに取りつかれていると直感できる。

 というか、そういう状態には僕個人としても心当たりがあった。

 

 「見当はつかない……けどまあ、それはどうでもいいか」

 

 ざっと血塗れのサティを見ると、耳につけた金色のピアス、首から下げた大きな赤い宝石の目立つネックレス、そして手の指にはぎらついた青色の指輪が目立っている。ほかにも見えない所に何かあるかもしれないけど、……まあ細かいことは後でもいいか。

 

 それより、さっきから呟いている言葉も少し気になる。「セカイノアヤマリ」って世界の誤り、ってことか? なんだそれは、正義感に溢れる何かの霊がサティに取りついてるとでもいうのかな。

 

 と、首を捻っていた僕に向けていた切っ先を、サティはのろのろと下ろしていった。そういえば、はっきりとこっちを指していっていたんだった。

 だとしたら余計に何を言っているんだろうか、あいつは。

 

 「まあ、何だっていいよ。それよりその体にうろうろとされていたら、僕の都合が悪いんだよ」

 

 そう、何だっていい。その中身が何であったとしても、“サティの体”に歩き回られては困るんだ。パラディファミリーはここで壊滅させると、そう決めてきたんだから。

 

 「アヤマリィィ!」

 「うわっ、と!?」

 

 何の前触れも、予備動作もなく、サティは血と唾をまき散らしながら突進してきた。当然その手にした装飾過多の剣を振り回しながらで、それは一応こっちにとって攻撃と認識できるものだった。

 一応余裕をもってかわしたけど、なかなか早かったし、何よりあの非人間的な動作が厄介だ。なにしろ予備動作がないから動き出しが察知できない。

 

 「アヤマリィ……、セカイヲ……セカイノナガレヲ……タガエルモノニ……シヲォ……」

 

 世界の誤りに、世界の流れを違える者……?

 もしかしてこいつ、僕やメンテみたいなゲーム『学園都市ヴァイス』を知っている転生者が狙いってことか?

 ふと頭を過ぎったのはサティの不可解な行動だ。ヴァイスで会った頃には本来は後継に据えるはずの僕を有名無実な閑職に追いやって弄ぶような狂人だった。なのに、ヴァイスを追い出されることになった切っ掛けの事件、カミーロ殺害の後からは狂人というにもよくわからない行動だった。

 というのも、あの件自体もそうだけど、その後に大々的に追っ手を放つでもなく、僕がやり返しにくるのを待っていた。変に追い詰めれば僕がどこかへ逃げてしまうのを危惧して、確実に仕留めるのを優先したかのような選択だった。

 支離滅裂なのに、あの享楽的な狂い方ではなくて、もっと根源的なおかしさみたいなものがあった。

 

 それがこの目の前にいる何かに内側から浸食されていたからだとすれば、まあ納得はいく。というか、さっき見た剣で喉を貫く直前にも“サティ”が喋っていたようだし、かなり長い期間を完全には乗っ取られずに耐えていた可能性もある。……そんなことを、かつて魔法をかき消すなんて能力を見せたことを思い出して感じた。

 

 転生者とその存在を許さない何者かとの争いに巻き込まれた被害者、そう考えると憐れな男ではあるけど……。

 

 「シ……シィ……ヲ……ォォ……」

 「弔いって訳でもないけど、もののついでに仇をとっといてやるよ、サティ」

 

 本人が聞いたらさぞ怒るのだろうなという言葉をわざわざ選んで、目の前にいるのとは違うサティに向けて言ってやった。

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