第116話
いやぁ、恥ずかしいね。
自分が相手をすると見せかけて密かに指示をだし、見事にタマラの不意を突いた。そして狙い通りに怪しい指輪を奪うことに成功したっていうのに……。
格好つけてキャッチしようとして指に「すぽっ!」だもんねぇ。
コントかっての……。
「っ……、っ……!」
あ……れ……? んん?
声をだそうとしたのに、だせなかった。
いや、そもそもなんだ……この状況……というか、この場所は。
暗いし、何も聞こえない……。
「見るのも、聞くのも、もう必要のないことだからな、お前には」
はあ!? なんだ急に。誰だよ、この声。
「俺は俺だよ。もう何者でもない。俺こそが俺なんだよォ!」
今度は激昂した? 情緒不安定な上に、意味不明とか……、この状況で最悪のおしゃべり相手だな。
「余裕ぶっていられるのも今だけだぞ?」
いや、余裕とかじゃなくて、声も出せないのに一方的に話しかけられてもなぁ……。
「じきにお前のちっぽけな意識は溶けてなくなり、その力だって俺が扱えるようになる。その時はお前の大事な相棒も燃やし尽くしてやる。まあ? 今も防ぐだけで必死なようだけどなァ」
本当に何の話……、いや……かすかに何か音が……?
――おらァ! うらッ!
――ぐぅぅ
素手で殴りかかる金髪の男と、それを剣で防ぐ赤っぽい茶髪を五分刈りにした大男……の姿がうっすらと見え……っ!?
これって、襲い掛かる僕と、それに耐えるグスタフ、なのか?
どうなってる?
「ははッ! 今頃気付きやがった。もうこの体は俺のモンだ! まだ見えているだけでも驚きだが、何もできねぇだろうが」
もしかして指輪か! あれに意識を乗っ取られた?
それで、意識の底で指輪に煽られるって状況になってるのか。ふざけてるな、まったく。
「指輪……はッ! あれは切っ掛けでしかねぇよ。俺は俺だって言っただろうが。お前が……『アル・コレオ』のことが大っ嫌いな、俺だよ……俺はッ」
「おれおれ」うるさいな、こいつ。まるで僕が多重人格だったみたいな難癖つけてくれるじゃないか。
「うまく抑え込んだつもりで何年も過ごしていたのかもしれねぇが……、もうそれも終わりだ。全部滅茶苦茶にしてやるからよ……消えていきながらそこで見てなァ!」
さっきの話だと、体の主導権は奪えても僕の力はまともに使えてないみたいじゃないか。魔力まかせで殴りかかっても、グスタフには勝てないぞ。
「うるさいッ! 現にこのデカブツは手も足もでてねぇだろうがァ!」
わめくなよ。僕の感覚からすると空間一体にキンキンと声が響いて頭が痛いんだよ。
「はははははッ! それがお前が消えていっている証拠だ、雑魚が。じきに溶けてなくなるって言っただろう、ボケが」
口が悪いなこいつ。仮にも僕と同じ声でこんな三下台詞を言われると、むずむずしてくる。
「ちィ! いつまでも余裕な振りしやがって」
振りじゃなくて余裕なんだよ。“外”にいるのは僕が集めた仲間だぞ? というか……。
「わかってるんだよ、もう一匹いるってことくらいはなァ! みえみえなんだよ、雑魚がッ」
距離を詰めてきたラセツには気付いていたってアピールしたいらしい。けどお前が今相手しているのはあの“鬼の一族”だよ?
――黙れ
ほらな? グスタフがそんな隙をさらすことを許してくれるはずもない。
「邪魔すんなァ、クソが!」
それはグスタフに言ったのか、僕に言ったのか……。もうそんなこと切り替える余裕もないか。
ぐっ……!
脇に添えられた手の感触と、その直後にそこから生じる激しい痛みと衝撃。
さすがは、ラセツ。普通の魔法は詠唱、魔力の収束、発動、だから避ける余地もあるけど、精霊鬼のそれは詠唱とほぼ同時に発動するから、避けるどころか構える暇すらない。
さっきまでは何も感じなかったはずなのに、痛みがある……ということは、この指輪の支配が緩んできているってことだろう。
あとはそこから手繰って自分の体を取り戻すだけ……。
「この惰弱な人間ごときがッ! 大罪装具たる俺に意識領域で逆らえるはずがあるかッ!」
なんか焦って尻尾をだしてる気もするなぁ。まあ、それは後でゆっくりと考えればいいか。
なにせ、もう――
「ととさま!」「アル君!」
――声ははっきりと聞こえている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます