第115話
妾は精霊鬼にして、人間のととさまの娘である“悪鬼”のラセツ。
それは妾の誇りで……全てなのじゃ。
「俺が重いんじゃなくて、お前が軽いンだよッ」
ととさまの姿をした痴れ者が喚いておる。グスタフの奴も攻めあぐねておるようじゃの……。
なにせ姿はととさまそのものなのじゃから、無理もない。
ふと見れば、妾の周囲には立っている盗賊どもはおらんかった。途中からあちらに気をとられておったが、どうやら当初の務めは果たせたということのようじゃの。
ではあとは、ととさまの目を覚まして共に帰れば万々歳じゃ。
「おらァ! うらッ!」
「ぐぅぅ」
幾度も殴りかかられては、グスタフが手にした剣で丁寧に防いでおる。しかし、あの打撃は相当に重いようで、防御越しの衝撃でグスタフには明らかな消耗が見える。魔力を全て身体能力にまわせばあれほどのものとは……さすがはととさまの体といったところじゃな。
しかし、あの者は稀有な暴力の才能は持っておるようじゃが、魔法についてはからっきしであるようじゃ。ととさまの芸術的な魔法の才がないのであれば、なんとかなる。
なにせととさまの魔法と体術が融合した戦闘術は、あの恐ろしいグイドから妾を守り切ったほどのもの。打撃を防げば炎に焼かれ、風をしのげば殴られる――完成された攻撃というに相応しい。
「お前、殴りがいがあるな! はっはァ!」
「ぐむ……」
一見すると防戦一方なグスタフじゃが、今一瞬だけ妾のほうに目配せをしおった。生意気にも連携して攻撃することを催促しておるようじゃの。
しかし上出来。頑丈なグスタフが注意をひき、妾が横からがつんとやる。ととさまならそれできっと目を覚ましてくれるはずなのじゃ。
「みえみえなんだよ、雑魚がッ」
一気に接近すると、ぐりんと首を捻ってこちらへ目を向けた痴れ者が、何やら惨めに叫んでおる。本物のととさまなら、そのように口でやりあう前に幾重もの策を準備しておるはずじゃ。
思うに雑魚とは自己紹介に他ならぬ。
「黙れ」
「邪魔すんなァ、クソが!」
すかさず斬りかかったグスタフに対処するため、奴の意識と両手が妾から逸れる。
「吹きて弾ける、颶風かな」
「あ?」
そのために、結局妨げられることもなく、妾の両手はぴたりと痴れ者の脇へと添えられ、同時に緑光を伴った風を発現し始める。
「目を覚ますのじゃ――」
「戻ってこい――」
妾の呼び掛ける声に、グスタフのなんとも悲痛なそれも重ねられる。こやつはととさまの幼馴染であるがそれだけでなく、その額にある傷からは並々ならぬ情念が精霊鬼たる妾には視えておる。黙っておられんかったのじゃろう。
「ととさま!」「アル君!」
重なった呼び声を切っ掛けに、妾が魔力で起こした風は爆発的な勢いで吹き荒れ、痴れ者が好き勝手するととさまの体を高く打ち上げた。
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