第114話

 俺はグスタフ……グスタフ・シェイザだ。名前の示す通りシェイザ家に連なる者である俺は、そのことに恥じないだけの剣技も身につけている。……今では胸を張ってそう言えるだけの強さを得ていた。

 強力な剣技を教わることのできる恵まれた生まれに、それを十分に扱えるだけの体格。うぬぼれではなく強者になるべくしてなったと自負できる俺だったが、幼馴染で相棒のアル君にだけは敵わないと思っている。

 

 大きな音が響き、驚きながらもとっさに飛び退く。

 

 「うあぁっ!」

 

 俺に厄介そうな指輪を弾き飛ばされたタマラが、そのことに文句を言うよりも前に弾き飛ばされて沈黙する。

 音に反応して、なかば勘で避けなければ俺も巻き添えを食っていただろう。

 

 大きな音は地面を抉るほどの踏み込みの音、そして瞬きのうちに大柄なタマラを打ち倒したのは高速で駆け抜けたアル君だった。

 

 俺がアル君に敵わないというのは、人としての器とかそういう広い意味だが、単純に戦闘能力だけでも上をいかれているという自覚はある。そしてそのアル君の強さを支える一つが、あの遺跡で過去へと飛ばされたという時に身につけてきた魔法と体術を融合させた戦闘術だ。

 だが今のは違った。魔法との合わせ技が形になる前からアル君が好んで使っていた風魔法での踏み込みでもなかったし、攻撃も駆け抜けながら振り回した腕をぶつけただけに見えた。

 身体能力なら俺の方が上回っていると思うし、技量なら五分五分。それは事実のはずだったんだが……、今のはただの体術であったはずなのに背筋が冷たくなった。

 

 「はあああああ……ふううううぅぅぅ」

 

 倒れて動かないタマラには一瞥もせず、かといって固まる俺や、今も残る盗賊を蹴散らしているラセツに注意を向けるということもなく、アル君……の姿をした者は深呼吸をしている。

 そう、あれはなにか……違う。

 ただ恐ろしい体術をみせたから、ということではない。身にまとう雰囲気が、あまりにも禍々しい。

 確かにアル君は善人ではない。……いや、はっきりと悪人だろう。だがそれは、目的を達成するためなら手段を問わないという冷徹さ故の性質だ。決して悪事を為すことそのものを楽しむという狂気的な存在ではない。

 

 「あああァ! これが、あれか? 娑婆の空気がうまいってやつかァ!」

 

 心底から嬉しそうに意味のわからないことを言っているあれは、アル君の姿をしていながら、まるで別人。話に聞いているドン・パラディの印象にむしろ近い。

 

 「アル君……? 指輪の影響を受けているのか?」

 「あン?」

 

 油断なく愛用のロングソードを構えたまま俺が問いかけると、アル君はこちらに剣呑な目線を向ける。敵意と狂気……それしか感じられない、危険な目だ。

 幼い俺たちが迷いの森で密猟者どもに襲われた時、あの時に反撃にでたアル君が近い雰囲気だったけど……、“これ”はそれをさらに濃くしたようなものに感じられる。

 

 「指輪……あぁ、これのおかげで……なるほど、なるほど」

 

 俺が弾いた指輪を掴み損ねたアル君の右手の人差し指には、今それが嵌まっている。その事にまるで今さら気づいたような様子で眺めるアル君の表情は……やはりどうにもアル君とは思えない。

 これはまるで……アル君から聞かされていたもう一人の『アル・コレオ』のような……。俺にはその話の真意は理解できなかったけど、今ならこれだけはわかる……、こいつがそうなら確かにこれは邪悪だ。アル君が何度も口にしていた“悪役貴族”という言葉がしっくりとくる。

 

 「なんだ、その目ェ……っ!」

 

 そうして警戒していると、ふとこちらに視線を戻したアル君が、唐突に怒りをみせる。いや、怒りはこうなってからずっと渦巻いていたけど、その方向が不意にこちらへ向いた、というだけか。

 そんな人型をした怒りの塊みたいな今のアル君が、膝を軽く曲げて両腕をだらりと体側に下げる。見たことのない構え……、力を抜いて跳びかかる予兆をみせる野生動物のような構えだ。

 

 「おらァ!」

 

 そして気が付いた時にはその両手が目前に迫っている。今のアル君がうまく魔力を充実させていなければ、素手に刃をたてたりすれば斬ってしまう……そんなことを気遣う余裕すらなくロングソードを叩きつけるようにして防御する。

 

 「ぐうぅ、何て重さっ」

 

 思わず呻いてしまう。自分の倍くらいある岩塊でもぶつけられたと錯覚しそうなほどの衝撃だった。

 

 「俺が重いんじゃなくて、お前が軽いンだよッ」

 

 挑発的な言葉をぶつけてくるアル君だけど、俺はその手から血が流れていないことを確認して内心でほっとする。正気を失っている風なアル君はさっきから魔法を使わないけど、魔力の使い方まで忘れてしまっている訳ではないようだ。

 

 しかし「俺」か……。普段のアル君は自分のことを「僕」といっている。それこそ昔は感情が昂ったときにだけそう言っていたような記憶もあるが…………。

 いや、今はそんなことを考察しているような余裕はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る