第113話
さて、このタマラは自称“魔法戦闘術”の使い手だったな。あの妙なイントネーションの詠唱から繰り出してくる魔法は、まあたいしたことはなかった。
どっちかというと、いきなり跳びかかってくるあの跳躍力に警戒が必要か。ダガーの扱いにも慣れている様子で、あくまでも基本は身体能力自慢の戦士で、さらに補助として魔法も使えるってところかな。
とはいえ、あの程度の魔法ならいくら撃ってきたところで消せるし、不意でもうたれない限りはあの跳びかかりだって、なんとでもなる。
それくらいの力の差はあるっていうのは、向こうだってわかっているだろう。なにせタマラが僕に一蹴されておめおめと逃げていってから、そう時間だって経っていない。
何か奥の手を持っているようなことを、さっきタマラは口にしていた。それを僕に今使うつもりだというようなことも。
あの計画書にはなかった古代の魔法道具を、まだ他にも隠し持っているのか、こいつらは……。ただの流れの盗賊団のくせに、本当に厄介な連中だよ。脅威といってもいい。
「ははぁ……」
タマラは嬉しそうに、そしてやけに慎重な手つきで、腰に下げていた革袋から何かを取り出した。
指でつまんでいるそれは、既に日が落ちたこの場にあって、微かな周囲の明かりを反射したのかきらりと輝いたように見えた。
「何をするつもりなのかな……?」
「セルジョの馬鹿は、散々とあたいの足を引っ張ってくれたけどねぇ……。それでもあいつはこういうのを見つける鼻だけは本物だよ」
僕の問いかけにはもはや答える気もないようで、つまんだそれを舐めるような視線で眺めながら、タマラは独白している。
指輪……かな、あれは。
魔法道具として、身につけることで何らかの魔法的効果を着用者に与える指輪っていうのは、貴重だけど存在する。摂取することで効果を発揮する魔法薬は即効性と高い効果をあわせ持つかわりに、持続性は基本的にない。一方でつけてさえいれば、持続する指輪型魔法道具っていうのは、効果のほどがそこそこになってしまうデメリットを考えても、やっぱり有用だ。
そこから考えると……、普通は何かがある前から身につけておくのが、指輪型魔法道具の使い方だ。とっさに飲むという動作が必要な魔法薬に対しての強みがそれなんだから……。奥の手として温存しておくっていうこと自体が、違和感というかおかしいことだ。
そしてそのことへの答えっていうのも、僕としては一応頭にはあったりする。奴ら血濡れの刃団が生意気にも所持していた古代の魔法道具がそれだ。法外な金額を用意できないなら、ダンジョン探索でしか手に入らないそれらには、指輪型のものもあるという話だ。そして僕が聞いたことのあるものだと、自分の体を痛めつけてしまうほどに力が強くなるもの、なんかがあった。
要するに、デメリットがあるようなものなら、いざという時に身につけるという使い方をすることになる。
「目ぇかっぴらいて、とくと見なっ!」
そして眺めるのに満足したのか、タマラはつまんだそれ――装飾のない赤い指輪――をゆっくりと持ち上げ、自身の左手指へと降ろそうとしていく。
「…………」
僕はそれを黙って見届け――るわけがないよね。ヒーローの変身を悠長に待つ悪の怪人じゃあるまいし。それに、見せつけるようにゆっくりと動きつつもタマラが僕の一挙手一投足に注意していることなんてわかっている。
こっちが止めようと動き出したりすれば、即座に動きを速めて馬鹿にしながら指輪を装着するつもりとかなんだろう、どうせ。
けど、こっちはそもそも一人で乗り込んできたわけじゃないんだよ。僕がさりげなく目配せした先にはグスタフと、ラセツがいる。
「任された! 心のごとく、燃えて吹け」
複数人を相手に舞うように余裕の戦いを展開していたラセツが再び独特の詠唱をした次の瞬間、火炎放射器のように放たれた炎が周囲に広がった。立ち位置的に、それはタマラには何の痛痒を与えられるものでもなく、実際に奴が気にした様子もない。
だけど、それは別の場所で多くの盗賊を焼いていた。
「おうっ!」
それはグスタフを脅威とみて数を頼りに襲い掛かっていた連中だ。そんなのにシェイザの子弟が負ける訳がないし、盗賊が薙ぎ払われるのも時間の問題ではあったけど、ラセツの援護によって、今この瞬間にグスタフが動くための隙ができた。
「なあああぁぁっ!」
ざっというグスタフが地を蹴った音、小さな金属を的確に弾いたきんっという甲高い音、そしてこの世の終わりみたいなタマラの叫びが、ほぼ一度に聞こえた。
「甘いよ……甘い」
体感ではゆっくりと、そして実際には結構な速さで、でも確かにまっすぐとこっちに飛んでくる小さな指輪へと手を伸ばしながら、僕は勝利宣言としてタマラに詰めの甘さを指摘する。
この奥の手を奪ってしまえば、後は油断なくじっくりと、そして徹底的にタマラを叩きのめせばそれでこの件は終わり、だ。
けど、気が昂ってスローモーションみたいに見えていたその指輪が飛んでくる実際の速さっていうのは、僕が思っていたよりもさらに速かったようだ。グスタフの馬鹿力を甘くみたか……。
「…………ぁえ?」
ぱしっと格好良く掴むはずだったのに、伸ばしていた手の人差し指に、冗談みたいにすぽっと指輪が嵌まってしまっていた。
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