第267話

 カミーロは口元に拳をあてて考えている。そんなに僕らのことが信用できないのか……。

 と思ったけど、考えてみればそれはそうか。こっちが裏社会の人間だと知っている訳だし。

 

 「……まず状況を説明します」

 

 しばらくの黙考を終えたカミーロは、そう切り出した。

 やっぱり疑う気持ちはあっても、こちらの言ったことを全て否定するなんてことはしないみたいだ。

 

 「ボーライ伯爵はこの件に激怒し、対応すべく動き始めています。王家には静観するよう手回しした上で、カッジャーノ家に協力するよう要請した、というのが現在までのところです」

 「なるほど」

 

 後継者に手を出されたとなれば怒っているのは当然。そして王家に影響力を行使したり、直接の命令権はないはずのカッジャーノ家を動かしたりしているあたりは、さすがの謀略伯爵といったところだろうね。

 それとさっきカミーロは「猶予があまりない」と言っていた。今のところはパラディファミリーの表の顔たるコレオ家には直接非難も攻撃もしていないようだけど……、それも時間の問題ということなのかな。もしそうなれば、最悪の場合はフルト王国で内戦が起きることになってしまう。

 国に属して働いているカミーロからすれば、それは何としてでも避けたいということだろうね。

 

 「直接パラディファミリーへ戦争を仕掛けるようなことは避けつつ、なんとかキサラギ先輩を取り返したい、と」

 

 コレオ家との表立った対立を避けたとしても、ボーライ伯爵のような大貴族と裏社会の大物がぶつかればそれはもう戦争だ。大規模な貴族間戦争が最悪の事態だとして、そんな直接的な武力行使だって取りたくない選択肢だろう。たとえ娘をさらわれて怒り狂っていてもすぐにはそうしない、というくらいには。

 

 「私の見立てではアル君はパラディファミリーの構成員であっても、仲間ではない……と考えています」

 

 おっと、踏み込んできたな。

 僕がドン・パラディや幹部達を平気で裏切ると見立てているし、そうみていることを隠す気もない、と。

 

 とはいえ、この話自体は受ける気でいるけど、そんな僕の立場までさらけ出してしまうメリットはないかな。

 適当にはぐらかしつつ、交渉役は請け負うって感じに話をまとめていこうか。

 

 ――そう方針を決めた時だった。

 カミーロの細められた目の奥が、怪しく光っているような気がした。暗殺者がここぞという場面で刃物を突き込む感じというか、あるいはギャンブラーが有り金を全部賭ける時のようでもある。

 

 「言ったでしょう、ボーライ伯爵は激怒している、と。戦争を避けるなどとあの方は考えていません」

 

 いわれてみれば、さっきの僕の言葉をカミーロは肯定していなかったね。キサラギの親はもう穏便に済ませるつもりなんてないってことか。

 そしてカミーロの言葉は続く。

 

 「カッジャーノ家としてはボーライ伯爵の意向を無視できません。しかし表立って内戦などさせる訳にはいかない。そこで裏で始まったことは裏で畳もうということになりました」

 「……」

 

 カッジャーノ家がこの件を表沙汰にしたくない、ということはわかったけど、どうしたいっていうんだ――

 

 「ボーライ家とカッジャーノ家が後ろにつき、王家は黙認します。アル君……、君はパラディファミリーを潰して新しい裏組織を作ってください」

 

 ――とんでもない提案をされてしまった。

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