第176話

 襲い掛かってきたような相手であるとはいえ、グスタフ君が容赦なく斬り捨てる姿には衝撃を受けました。当たり前のことだと思います。

 だけどその一方で、納得がいっている部分というのもあるのです。「ああ、これがかの“鬼の一族”のあり様か……」という感じに。

 

 仲が良いことで有名な二人であるとはいえ、アル君の方はそういう印象というのは全くありません。彼が戦闘・戦術科に所属しているということですら、印象と違うと言われていたりするほどですから。

 貴族やそうしたところに繋がりを持つような家の出身者は、何やら戸惑っている人もいるようでしたが……、どうせ何かくだらない噂話でも真に受けていたのでしょう。自分の目で見たことより他人から聞かされただけのことをより真実味があることだと思い込むのは、そうした人達の悪癖だと思います。

 

 だから僕は遠くからでも自分の目で見たり、また直接にやり取りをした印象から、アル君はふと見かけた僕に魔法道具のことで話しかけてくれるような気さくな人で、軽く説明されただけでも理解する頭の良さも備えつつ、他人の頑張りを素直に応援できる優しい人、という認識でした。

 

 だけど……、今僕の視界にあるアル君というのは、その立ち姿は貴族然として上品で、表情は優しげで思慮深い印象通りのものに違いありませんが……、その右足の下には全てをひっくり返すようなものがありました。

 背中を踏みつけられて、時折動こうとするたびに強く抑えられるのか「うげ」とか「ぐぅ」とか呻いているのは、僕から革袋を――その中にある試作魔法道具を――奪っていったあの裏社会っぽい怖い目をした男の人に見えました。

 

 「なるほど、それで連れてきた……と」

 「はい。あたしの方で処理・・が必要でしたら――」

 

 考え事をしていた頭にふと入ってきた言葉からすると、ライラさんからアル君への報告は僕のことへと及んでいるようです。薄く笑っているアル君の表情は学園でも見かける普段通りの余裕あるものですが、僕を見るその目はどこか薄暗くて冷たいのに熱い、矛盾をはらんだ印象を与えてきます。

 

 「うぅん……そうだね……」

 

 頭の中では色々と思考しているようで、少しだけ目を伏せて口元に手を当てるアル君の姿は、学園でも一部の女子生徒が“ヴァイシャルの王子様”なんて呼ぶのも納得できる流麗さです。目の前で展開されている会話の物騒さも喜んで許容してしまいたくなるような、そんな気の迷いすら喚起されそうです。

 

 「……」

 「ぅ、ぅう……」

 

 じっと黙ってこっちを見る目線に耐えられず、僕は震えながら視線を落とします。なんだかんだと変なことを考えるのも、ただ怖いから現実逃避したいだけなのですが、それをはっきりと認識してしまうと耐えられないので、頭は別のことを考えようとしますがやはり余裕はないので思考になる前に霞のように消えていきます。

 

 あ……そうだ、革袋。

 

 視線を落としたことで、アル君に踏みつけられたあの怖い人が再び視界に入り、その手にしたままの革袋もまた視界に――というか僕の意識に――入ってきました。

 

 僕の試作魔法道具!

 

 「うん?」

 

 頭の上から戸惑ったようなアル君の声が聞こえます。

 

 「てめぇ……調子に、ぐあっ!」

 

 目の前からは低くてドスの効いた声が僕を脅そうとしてきましたが、そちらはまたもや瞬間的に増した圧力によって黙らされたようでした。

 

 でもその辺はとりあえずどうでもいいんです。こんな人に持ち去られてきっと乱暴で雑に扱われていたはず……。

 

 「あぁ……よかったぁ。無事でした……」

 

 革袋の口を開いて中を覗き込んでから、安堵の声が口をついてでました。さっと見ただけでもわかります、自分の作ったものですから。

 そして取り出して動かしてみても……うん、やはり動作にも問題はありません。

 

 「あははっ、良かった壊れてないです…………って、あ」

 

 大事な試作魔法道具が心配で何も考えずに動いてしまいました。目線を上げずとも周囲の視線が僕に集まっているのが感じられます。目の前に押さえつけられている“怖かった人”の睨みつけてくる視線なんて何でもなく感じるほどの圧力が……上からたくさん…………。

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