第177話
「……」
頭上からの重圧を感じて無言になった空間に、がしょんがしょんと魔法道具の作動音だけがしています。
ここまでの短い時間に見た――見てしまった怖ろしい光景が脳裏を過ぎり、自分も死屍累々に仲間入りしてしまうのだろうかという恐怖心が浮かんできます。
一方で、今はこの試作魔法道具を手の中に取り戻せたということで、ほっとした気持ちもあるのです。これがあるから死んでもいいやなんて言う気は毛頭ありませんが、奪われたままでは絶対に死んでも死にきれないというのが素直な感情です。
「ぷふっ」
さっきは戸惑いの声が聞こえた頭の上の方から、噴き出す音が聞こえました。アル君が笑った……?
「……ぇ」
恐る恐るゆっくりと顔を上げると、口端を歪ませたアル君の顔がそこにはありました。やっぱり笑っている表情ですが……、どこか邪悪な印象も受けるのはここまでの経緯からの思い込みでしょうか。
「奪われた私物ってそれのことだったんだね……。なるほど、熱心に話していたからね、君は――あぁ、えっと、ごめん。なんていう名前だったっけ?」
「お、オルディナリア……です」
さっきまでこちらに向けられていた目の温度感から、もしかしたら僕のことを覚えていないのかもとすら思っていましたが、そんなことはなかったようです。
名前は確かに、あの時は名乗っていませんでした。こちらは向こうを一方的に知っていましたが、逆はありえませんから。
「さて、じゃあ……オルディナリア、不運にも盗まれてしまった宝物を追って君はここまで来た訳だけど……。その犯人は間抜けにもそこらの通行人に喧嘩を売って叩きのめされていたようだね。君はその通行人の顔とか特徴とかは見たかい? あと……ここまで来る途中に何か特に覚えているようなことはあるかな?」
前半はとってつけたような説明口調。そして丁寧で優しい声音での質問。ついさっきとはまた違った種類の笑顔で語りかけてくるアル君ですが……、その雰囲気はただただ怖い。襲撃者を容赦なく斬り殺していた時のグスタフ君が優しく思えてくるほどです。
そして僕から革袋を奪っていったのは、今もアル君の足の下で呻くこの人です。“通行人”なんていませんでしたし、喧嘩を売ったなんてことではなくてアル君の方が追っていったということはここまでのライラさんやルアナさんの発言からもわかっています。
わかっている……わかりやすい……だからこそ、この質問の意図だってわかりやすいものです。要するに今僕は口止めをされているのでしょう。それもお願いされているのではなく、明確に脅されている。周囲――ライラさん、ルアナさん、サイラさん、そしてグスタフ君――からの視線に寒気がするような感情がのせられていることは、わざわざ見渡さなくてもわかります。
「僕は……その、魔法道具を取り戻すのに必死でしたから、なにも……覚えていないしわからない……です」
だから僕は必死でアル君から目を逸らさないようにして、それだけ答えたのです。
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