一年後……・ヴィルトの苦悩編
第286話
私はヴィルト。コレオ男爵家の現当主であり、二人の子を持つ父でもある。領地運営はいたって順調――民は飢えず、物はよく流通し、当家は潤っている。
「……はぁ」
鏡に映った己に向かって言い聞かせるように心の中で呟いた私は、そのあまりにも空虚な言葉にため息が出るのを堪えられなかった。
何年も前に私がコレオ家の家督を継いだ時には既に我が家は安泰であったし、それは今も変わらない。パラディファミリーという裏の顔を持ち、フルト王国のために後ろ暗い仕事を引き受ける我が家を軽んじる貴族などおらぬし、男爵として治める領地もよく繁栄していることは事実だ。
そう順調だ……一人の貴族家当主としては。
しかし私は父親としてはその責を果たせなかった。たとえこの手で過酷な境遇に落とさなければならぬと決まっていたとはいえ、せめて学生生活くらいは送らせてやりたいと勝手な親心を抱いていたというのに。
十五歳になった我が息子アルは、
十歳の頃から頭角を現しヴァイシャル学園でもこの地まで伝わるほどの活躍をしていたアルは、どこで何をしても立派になれるほどの傑物だった。貴族としては凡庸な私のどこを受け継いだのかわからぬほどだった。
それを……それを決まりだからと受け渡したというのに、サティはあろうことか飼い殺しにするような態度を見せていた。
しかし十五になってしまった以上はもはや私にはどうすることもできず、あの子が自身の才覚でもってコルレオンに潜むウワバミの頭となるほかない。
それをわかっていたからこそ、私はせめてこの状況を利用して親らしいことをしてやろうと、サティにとある働きかけをしていた。それが在学中は相談役として経験を積ませることにするべきだ、というものだった。サティがボーライ家まで利用してあの様なことをしたのは、まだ次代に継がせる準備が整っていない。つまり優秀なアル相手に主導権を持ち続けるためにはまだ時間が必要だからこそ、相談役などという手段を講じたと考えた。それ自体に干渉できないのならばと、奴が言い出した相談役の期間について口出しすることで、アルにはせめて学生としての生活を謳歌させてやりたかった。実際にパラディファミリーがヴァイスにはあまり手を出さず、アルはあのヤマキ一家とうまくやっていると聞いていた私は、サティをうまく手玉に取ってやったとすら思っていた。
しかし違った。サティは時間を掛けてアルを潰す策を立てていた。
どうして気に入っているような素振りを見せていたアルをそのようにするのかはわからぬ。あの態度がそもそも嘘だったのか、あるいは本当であるからこそなのか。
何であったとしても全ては遅く、私はただ嘆くことしかできない。なぜならあの子が……アルがヴァイシャル学園の教員殺しとして手配され、ヴァイスの街に密かに持ち込んだ魔獣を放つなどという暴挙までして逃走してから、もう一年が経つのだから……。
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