第3話
私はヴィルト。コレオ男爵家の現当主であり、二人の子を持つ父でもある。領地運営はいたって順調――民は飢えず、物はよく流通し、当家は潤っている。
男爵家として過分ではない小さな領地を、男爵家ではありえないほどに繁栄させているが、特筆すべきは領内の治安の良さだ。特に中心都市たるコルレオンでは、スリなどの軽犯罪はあっても殺しのような重犯罪は滅多におきない。
理由は皆が恐れているからだ。コルレオンに潜むウワバミとも呼ばれる、とある組織のことを。
非合法な行いを生業とするその組織はパラディファミリーを名乗り、“勝手な行い”には制裁を加える。本来であれば例え水面下であってもそのような支配者ぶった行いは、我ら貴族が最も唾棄するものであり、躍起になって取り締まるものだが……そうはなっていない。
どころか、共生関係にすらあるのは、その組織こそが我がコレオ男爵家の裏の顔だからだ。何しろ現在の頭領であるドン・パラディとは一つ下の弟と同じく死亡したこととなっている二つ下の弟サティのことであり、我らは定期的な会合の機会すら持っている。
汚れ仕事を一身に引き受ける形となっている我が男爵家に対しては、王家ですらも軽い扱いはできない。もちろん、我らが分をわきまえることを忘れたときは粛清され、代わりが用意されるのであろうが、賢くしている限りはそんな手間をかけるはずもない。
だから今代でも我が領は“親切な他貴族からの配慮”で常に運営が順調であるし、それはこれからも続くのだろう、何も変わらずに。
そう、思っていた。
しかし最近になって、明確な異常事態が発生している。いや、もしかすると私が罪悪感故にそう勝手に感じているだけかもしれない。
私が罪悪感を抱いている相手、それは他ならない我が息子であり、優秀な長男の影に隠れた“出涸らし次男”と口さがない連中には言われるアルのことだ。
確かにアルには目立った長所がなく、私の前では大人しく従順に振舞うが、相手を選んで尊大になるような、良くない意味で貴族の子弟らしい性格だ。しかし正義感が強い長男のマイクではなく、そうしたある種の“狡さ”を持ったアルが次男であることに、私は安堵してもいる。……向いている、と感じるからだ。
サティの奴も目立つのは残虐性だが、確かにそうした狡さも併せ持っており、事実として今日まであの場所でうまくやってきている。子が死ぬことを望む親などいる訳がない、だからこそいずれ我が手で崖から突き落とすようなことをしなければならないアルのことは、気にかけてきたのだが……。
「父上、魔法の勉強をするために本を買って欲しいのです」
突然と私の書斎に来たアルがねだったのがそれだった。勉強が好きではない……どころか、家庭教師から逃げ回ってさえいたこの子が、さらなる自主勉強のために本が欲しい?
何の冗談だ――と返そうとした私だったが、口を少し開いたところで止まり、言葉として発することはできなかった。
「……」
私の反応をじっと待つその目が、十歳の子供とは思えないほどの意思で満たされていたからだ。そこいらの男爵や子爵では当主であってもこんな目はできない、海千山千の大貴族……いや、違う、これは大貴族に属する騎士団の団長や王家の近衛騎士、あるいは歴戦の冒険者が持つような種類の目だ。
歳相応に甘ったれだったアルが、何故突然このような様変わりを……、と考えて口をつぐんでしまった私だったが、今は返事を待たれていたことを思い出す。
「わかった、すぐに手配させよう」
「ありがとうございます!」
今度は歳相応にきらきらとした目で――それこそ流行のおもちゃや甘い菓子を与えられたときのような――アルは頭を下げてすぐに書斎を出ていった。その際のガチャンバタンという扉の音で、私は首を傾げる。
「あの子は……私の前でもあれほど遠慮をしない子だったか……?」
よく見てきたつもりだった次男の、覚えがない雰囲気に、思わず疑問が口から零れる。しかしそれは、異常事態の始まりに過ぎなかった。
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