第348話

 「はぁ……はぁ……」

 

 息が荒くなるのを抑えられない。敵の前では弱みはさらさない方がいいんだけど、そんな余裕がなかった。

 自分で放った魔法であちらこちらについた切り傷は、まぁ問題ない。全部かすり傷だ。それに体力と魔力の消耗も今のところは問題ない。仲間達のおかげだね。

 

 ただインガンノのホウキに突かれた腹が無視できない痛みだ。数秒ごとに内臓が爆発しているんじゃないかっていうような感覚ですらあって、叫び出さないだけでも自分を褒めたいってくらいではある。

 どうやら僕もすっかりこの世界に染まってしまっていたらしい。よくよく考えれば、細い木の棒でもそれが砕けるほどの勢いでぶつかれば怪我をしたっておかしくない。それが事象空間での……そして向こうの世界での現実だったはずだ。

 

 そんな状態だから、短い廊下の先で扉を開くのも雑になる。警戒していない訳ではないけど、この先にいる最後の幹部がインガンノみたいに罠を用意しているとも思えなかったから。

 

 「…………」

 

 中に入ると、最後の幹部“暴力”のヴィオレンツァが佇んでいた。

 思った通り、何かを用意していた様子はなく、ただ目を閉じて無言で立っているだけだ。

 

 何をしている訳でも、してくる訳でもないのに、グスタフに匹敵するくらいに大柄なその体からは威圧感が風になって吹き付けてくるように錯覚するほどだった。

 

 「さて、それじゃあここも通してもらおうかな」

 

 額に浮かぶ汗までは隠しようもないけど、せめて態度だけは余裕あるものにして話しかける。

 ここまでは難なく進んできたし、ここもそうさせてもらうぞ、と。

 背筋を伸ばし、軽く首を捻っている僕を、ゆっくりと目を開けたヴィオレンツァが見た。

 

 「言葉は不要です。このヴィオレンツァは“暴力”を拝命しているのですから」

 

 そう言って、右足を軽く引いたヴィオレンツァは半身に構えてこちらを見据えてくる。

 ボクサーみたいな構えだけど、ステップを踏んだりするようなこともなく、床に根を生やしているかのようにどっしりとしている。

 

 インガンノは魔法使いだったから事象空間で圧倒できたけど、残念ながらヴィオレンツァは純粋な戦士だ。戸惑わせることくらいはできるだろうけど、完全に魔力がない空間だと結局は僕の方が不利だ。

 つまるところ、普通に戦うしかない。その上でこいつを倒してこの先に進ませてもらおう。

 

 「テラ……ヴェント

 

 先手は譲ってくれるようだから、ゆっくりと二つの魔法を発動させて準備を整える。手は頑強な岩で覆い、足には風が渦巻くように巻き付いた。

 

 「っ! ……さて、それじゃあ殴らせてもらおうか!」

 

 主張し続ける痛みを殊更に無視して、僕は戦闘開始を宣言した。

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