第198話

 ヴァイシャル学園成果発表会では、学外からの人間も多く訪れる。まあその人達は三年生の研究発表とか模擬戦を見に来るから、学生としての僕にはあまり関係はない。

 その一方で裏社会の組織ヤマキ一家とその上部組織パラディファミリーの相談役としては、大いに関係がある。なにせ、学園に依存性が強い魔法薬を広めようと企んでいるデルタファミリーにとっては、仕掛ける好機となるからだ。

 

 推理というほどでもない考察によってそのくらいまでは考えていたから、発表会をとうとう次の日に控えた今日も、僕らは警戒していた。……といっても、グスタフと一緒に見回るくらいしかできないけど。

 

 「特にそれらしい動きはないな」

 

 目線を周囲に巡らせながら隣を歩くグスタフがそうこぼした。

 

 「雰囲気が普段と違うから、余計にわかりにくいよね」

 

 前世でいうところの学園祭ともまた違うけど、発表を予定している研究系の学生なんかが資料か何かを手にしてうろついているのもよく見かける。模擬戦を予定している学生なんかは演習場で体を動かすか、あるいはどこかで体を休めているだろうから見かけないけど、それでも学内はばたばたとしている。

 

 だからこそ、こうして歩きながら見て回っても、普段と違う所ばかりだ。見回って“何か”を探すのが難しい。グスタフが眉間に皺を寄せるのも仕方がないというものだよね。

 

 「おや、アル君にグスタフ君じゃないか。どうしたんだい? きょろきょろとして」

 

 怪しいのは僕らの方だったらしい。学内を見て回っていたキサラギに不思議そうな表情で声を掛けられてしまった。

 普段はわりと貴族的な声の掛け方をしてくるこの人が、珍しくなんともカジュアルな態度をとっている辺り、本当に困惑されているのかもしれない。

 

 「いえ、明日の模擬戦に向けて気を落ち着かせていただけですよ」

 「……」

 

 適当な受け答えをする僕と、無言で頷くグスタフ。いつも通りの僕らの態度に、キサラギは納得したらしい。

 

 「そうか、体だけでなく心も整えるのは大事だからね」

 「ええ、キサラギ先輩も頑張ってください」

 

 僕らに比べて三年生の模擬戦は真剣なものだ。卒業後の評価、つまりは就職先に直結するからね。

 とはいえ、最強の生徒会長と名高いキサラギに、学内の模擬戦ごときで頑張っても何もないんだけど、そこはそれ、社交辞令というやつだ。

 

 「あぁ、うん、はは……そうだね」

 

 と思っていたんだけど、なんとも歯切れの悪い反応はキサラギらしくない珍しいものだ。

 

 「もしかして緊張しているのですか? 大丈夫ですよ、先輩なら」

 

 そもそも問題ないって言っていたのは本人だったような気もするんだけど……? 直前になって不安もでてきたのかな。

 まあ、生徒会長で貴族子弟っていっても十代の子供には違いないし、仕方もない。

 

 「いや、君に頑張ってと言われても複雑な気分になるっていうだけだよ」

 

 乾いた笑いだけど、その目は僕に真っ直ぐと向いていた。

 あれ……、もしかして入学試験の時のことを引きずってる……?

 

 「あぁ、いや! すまない、変なことをいったね。どうやら私は本当に神経質になっているようだ。少し人目のないところで休むことにするよ」

 「あ……はい」

 

 反応に困るところではあるけど、まあ僕が気にするようなことでもない。……というか、今はデルタファミリーのことが重要だ。もうキサラギは行ってしまったけど、話している間にそれとなく聞いてみた方が良かったかもしれないね。

 明日もどこかで話す機会があれば話題を振ってみようかな。いや、さすがに明日はそんな悠長な状況にはならないか……。

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