第372話

 フルト王国の裏社会に君臨するパラディファミリー。国家の地下に根付く一部分でありながら、その国家そのものにも匹敵する巨悪。

 必要悪としても機能するそれは、一方で影響力が大きくなればなるほどに有用さよりも害悪が大きくなるものでもあった。裏組織なのだから当たり前ではあるが、年中権力闘争をしている王家を含む上位貴族にとっては、それは常に注目すべき事柄だといえた。

 だからこそ、サティというカリスマの元でかつてない程に組織としての強さを増し、ついにはボーライ伯爵家の後継者候補に手を出すという暴挙にまで及んだ時、すぐに国家を挙げた戦争へと発展したのだった。

 とはいえ、それは深く静かに進行する密やかな内戦であり、一般庶民どころか貴族でも下位の者は知りもしない内に進み、その結果としてアル・コレオが仲間とともにパラディファミリーの本拠地に襲撃をかけるに至ったのだった。

 

 

 

 その結果というのは、今一つの見た目にわかりやすい結果となっている。

 パラディファミリーの本拠地への入り口が、外見はただの豪邸だが裏社会を知る者は決して軽んじず知らない者も何かを察して近づかないそんな建物が、音をたてて崩れていた。

 場所が場所であるだけに、周辺住人は音がし始めた段階で一目散に逃げたことで、この辺りにはそうした一般人はいない。ボーライ家が手回しして差し向けられた遠方の街の冒険者一行のほかには、人や人であったものの死体しかない。

 

 そんな場所へと数人が追加される。

 それはライラとサイラの姉妹、彼女らに支えられてようやく歩く精霊鬼のラセツ、そして気を失っているキサラギを担いだグスタフだった。

 建物から出てきた彼らは心身ともにボロボロの様相を呈している。

 その脱出は本当に紙一重のものだった。ライラとサイラは通路の防衛者達を倒した後に疲労で気絶していたために、引き返してきた仲間に起こされなければそのまま巻き込まれていただろう。

 ラセツはラボラトーレには完勝したものの、その傷は深く、あわや消滅する寸前にまでなっていた。ぎりぎりのところでグスタフが来て、その体内魔力から生気を吸ったことでなんとか消えずに済んだのだった。

 そのグスタフはというと、こちらも怒りで我を忘れたためにパウラから受けた反撃で多くの血を流し、死の手前までいっていた。致死的な量まで流血する前に目覚めることができたことで、持っていた魔法薬での治療が間に合ったという状況だった。

 グスタフが目覚めて治療をした後で、それでも傷が深くふらつく体を引きずって本拠地の奥へと進んだところで、岩魔法の拘束が消える瞬間のキサラギを見つけたのだった。そこからアルの意図を察したグスタフが、断腸の思いで引き返し、仲間を回収しつつの脱出に辛くも成功したというのが今に至るまでの出来事となっている。

 

 拘束した状態のキサラギを残していたことから、アルの意図はグスタフがそれを回収し、味方の無事も確認しつつ一旦下がることだとグスタフは確かに自信を持って読み取った。しかし安全な場所にキサラギを下ろし、崩れ行く豪邸に目を向けたグスタフの手は、爪が食い込んで血が滴るほどに強く握られていた。

 忠誠心の高いライラは当然何度も戻ろうとしているし、奔放そうに見えて身内には従順なサイラもそれに続こうとしているが、ライラとてそうまでして踏みとどまるグスタフを置いて戻ることはさすがにできなかった。

 アルへの思い入れと、そこまでグスタフを尊重している訳でもないという意味ではラセツはとっくに戻っていそうなものであったが、この精霊鬼は消滅の危機を辛うじて免れたばかりであり、実は意識すら朦朧としていた。それでも微かに残る意識で状況を察し、這ってでもアルの元へと行こうとしてはいたが、それは座り込んだまま微かに身じろぎするということにしかなっていなかった。

 

 その様な姿で出てきた一行に、外にいた冒険者達は仕留めた獲物も放置して駆け寄り、事情を聞いたり治療をしたりしようとする。しかしそのような状態のグスタフ達に、冷静に説明するなどということはできるはずもなかった。

 「アル君は!?」と連呼する特に若い女冒険者も、情報を聞き出せはしなかった。

 

 

 

 そうしているうちに豪邸の崩壊は進み、重要な柱が折れでもしたのか、途中からは一気に潰れてしまった。それはつまり、その地下にある施設は完全に崩落したということを示すのは、見ていてわからないはずがなかった。

 

 「アル君……っ」

 

 とグスタフは奥歯を割れんばかりに噛みしめる。

 

 「「ご主人様ぁ!」」

 

 とライラとサイラは揃って悲鳴を上げる。

 

 「……ととさま」

 

 とラセツの口から辛うじてそれだけが絞り出された。

 

 そこに、完全に崩れたはずのもはや廃墟となった豪邸から音がしたのを聞いて、誰かが息を呑む音が小さく響いた。

 

 「ヴェント放出パルティィィ! あぁ、もうしんどいんだよ、あの化け物野郎!」

 

 その音が何かということを誰かが確認しようとするよりも早く、風の魔法で瓦礫の一部が弾け飛び、上半身の服がぼろきれになった姿でアルが這い出してくる。

 服がそれ程の状態であれば、体も当然傷だらけで、切り傷に痣にと満身創痍で、血塗れの左腕や明らかに折れている右腕で、どうやって這い出してこれたのかと思えるほどだった。

 

 「ふぅぅ……、なんとか目的は果たしてきたよ」

 

 そしてそれだけ言うと、どうとその場に倒れて大の字になる。意識は保っているようだが、腫れ上がった目は開いているのかどうかも定かでない。

 それでも、アル・コレオが無事に生きて帰還したことは事実に違いなかった。

 

 「アル君!」「「ご主人様!」」「ととさまっ」

 

 グスタフ、ライラ、サイラ、ラセツは先ほどと同じ言葉をもう一度口にした。だけどそれはさっきとは違い、悲壮感ではなく喜びによるものだった。

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リヴィラン ~どう進んでも死ぬ予定の悪役貴族、思い出した前世も悪人だった~ 回道巡 @kaido-meguru

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