第293話

 鬱陶しい奴らに舐めたことをされて、それを思う様に叩き潰すことができない。目立たないようにする必要があるから、表の人間に見咎められない場所でないとおちおちと喧嘩もできない。ヴァイスで学生をしていた時も似たようなものではあったけど、今の状況はあの時よりもさらに数段思うようにいかない。

 

 そんなことを考えつつも、でも今回は自分から人目につきにくい方へと行こうとしてくれるなんてこの二人組の馬鹿はなんて良い馬鹿なんだ、とか思うと少し気分は良くなった。

 

 「ほら、こっちだ。ビビッてないで歩けよ、雑魚が」

 

 誰が雑魚で、どこがビビッてるってェ……?

 

 ――と、いけない、いけない。思わずこの場で手を出すところだったよ。この場所も裏町ではあるけど、表への距離が近い。表になりかけている辺り、ということもできる。

 つまりこんな場所で人間を血塗れの肉塊に変えたりすれば、結構高い確率で衛兵を呼ばれるし、そうなると困るのは僕だということになる。まだ行動を起こす準備は整っていない。あと少しなんだから、我慢しないと……。

 

 本当に、思うように動けないというのは大きなストレスで、一年前よりも気が短くなってしまっているような気もする。カミーロ殺害犯としてヴァイスを追われる直前の頃はちょっと油断して腑抜けていたようにも思うから、元に戻っただけかもしれないけど。

 いや、まあ元は元でも、前世の頃の元なら――ゲーム以外はかすかな記憶しか残ってないけど――こんなところで潜伏する前に、とっくにパラディファミリーにカチ込んでいる。その前にこうして再起のために準備を整えているというのは、かなり成長したとも思える。前世と混ざった『アル・コレオ』の人格、悪役貴族らしく臆病で狡猾な性質が、いい感じに作用したとも考えられるけど、そこはまあ今はどうでもいい。

 

 「……ん?」

 「なんだぁ、雑魚」

 

 考え事で気を紛らわせながらある程度移動してきたところで、僕は首を傾げた。完全に裏町に入った場所まで来たから、もう我慢しなくて問題ない。だけど僕が気にしたのはこいつらじゃなかった。

 

 離れたところから接近してくる気配がある。まだ距離はかなりあるけど、確信していた。

 僕は元々解析のレテラの副次効果で周辺の気配を読むことができたけど、それはかなり近くに限られたし、人が多い場所なんかでもまともに使えなかった。

 だけど殺伐としたこの一年のおかげで、この解析の副次効果が明確に強化されている。といってもある一点において、だけど。

 それは“殺気”だ。誰かを殺そうという奴の気配なら、それなりに遠くでも人ごみの中でも感知できるようになった。

 

 そうつまり、まだ遠いけど明確に殺意を抱いて接近する何者かがいる、ってことだ。

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