第239話

 ヤマキ一家の所には、ジゴロウから何を聞き出せたかを確認しにいっただけだったんだけど、思わぬ進展を見せていて明日には襲撃を掛けることとなってしまった。

 突然のこと……なんだけど、仕掛ける側のこちらにしてもそうだからこそ、効果的だともいえるんだろうね。

 

 ということだから、ヤマキに会いに向かう時点では僕もこうなると思っていなかった。僕らの拠点側でもルアナを迎える準備なんてできていないということだね。

 まあ、もちろんわかっていたからといって盛大なもてなしをする訳でもなければ、見られただけでまずいような物があるという訳でもないんだけど……メイドであることに誇りを持っているライラは怒るかもしれないね。

 あくまでも突発的な事態であって、ライラを蔑ろにしたわけではないということは言わなくてもわかってくれるだろうけどさ。

 

 そんな感じで、なんならルアナが一番不安そうにしながらも、僕らはヴィオレンツァを連れていつもの拠点へと辿り着いた。

 着いたといっても、まだもう少し距離はあって、“向こうに見えてきた”ってくらいの位置だ。そしてなぜそんなことを確認したかというと――

 

 「あれ……グスタフ?」

 

 ――まだ多少は離れている拠点の前に相棒の姿が見えたからだった。目立たないようにするためか、いつも背中に差している重厚なロングソードはないけど、十代半ばの少年にはとても見えない厳ついグスタフが仁王立ちしているのは、とても目につく。

 

 そして僕が気付いたのとほぼ同時に向こうも気付いたようだった。一瞬様子をうかがうような素振りを見せて……僕の後ろにいる顔に気付いたらしく微かに肩を震わせたようだった。

 

 一度敗北したヴィオレンツァを見て恐れおののいた…………なんて可愛らしい反応を“鬼の一族”に名を連ねるものがするはずもなく、あれは間違いなく武者震いだ。雪辱を果たす機会が向こうの方から歩いてきたぞ、というやつだ。

 

 「……ふふ」

 「ととさま」

 「グスタフ――」

 

 後ろの方からヴィオレンツァが口角を上げた気配がして、まずいかもしれないと感じたラセツが僕に声を掛けてきたところで、僕は口を開く。相棒の名を呼んでもまだ距離があるから聞こえるはずもないけど、“まだ”ってだけだ。

 

 「ぉぉぉぉぉおおおおっ!」

 「――止まれッ!」

 

 ほんの一瞬……いや、瞬きする暇もないほどの間に僕のすぐ前までグスタフが迫っていた。剣などいらないとばかりに右腕を振り上げたその態勢は、少し後ろにいるヴィオレンツァへと殴りかかるためのものだ。

 そして後ろではヴィオレンツァの殺気と……歓喜が膨れ上がる気配がする。インガンノの称号が“欺瞞”だったけど、このヴィオレンツァは“暴力”だ。巨大な裏組織パラディファミリーが振るう理不尽なまでの力の象徴。

 そんなヴィオレンツァは明らかに戦いを求めている。幹部として自制している様子だけど、端々に血が流れるのを期待しているような雰囲気が滲んでいた。

 

 だからといって、そんな欲求に付き合う義理はない。……正直なところをいえば、そういうのは嫌いではないんだけど……ね。そういう感覚は破滅的だから、僕の方も自制しないと。

 

 「っ!」

 「どうも、久しぶりですね」

 

 僕の制止で止まってくれたグスタフが、音がするほどに強く奥歯を噛みしめながら拳を下ろすと、ヴィオレンツァは平然と挨拶なんかをしてくる。

 腹が立つ態度だとはいえ、今のことに深く追及されたってこっちが困るだけだ。鷹揚ぶってくれるっていうなら、乗っておくほかはない。

 

 「パラディファミリーからヴィオレンツァが加勢に来てくれた。あとインガンノもいるんだけど……ちょっと用事ができたみたいだ。まあ、詳しいことは中で話すから入ろうか」

 

 何とか場を鎮めて、仕切り直すことにした。この拠点は人目につきにくい場所とはいえ、住宅地のただ中にある。近所迷惑が……何て言う気はないけど、騒いで良いことはないだろうしね。

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