第46話
――なんかアル君の機嫌悪くない?
――ね、もっとにこにこしてたよね。今日はなんか、グスタフ君と二人でむすっとしてるね。
そんな話をこそこそとしているのが聞こえてくる。もうすぐ教員がくるというのに、集中力のない学生だよ、まったく……。
って、露骨に機嫌が悪いのは本当なんだけど。
僕がパラディファミリーへと“相談役”として入った、その次の日。傷は魔法薬で治ったけど、心までこれまで通りという訳にはいかない。
別行動でヴィオレンツァとインガンノの二人にこっぴどくやられたらしいグスタフとライラ、そしてサイラの三人も、常時携帯している魔法薬を自分で飲める程度で済まされたのが大きくプライドを傷付けられる結果となった。
僕としてはプライドがどうってのは正直にいって、ない。強さっていうのは生きるため、そしてしたいようにするための手段であって目的ではないからだ。だから自分が自分で思っていたよりも強くはなかったとか、明確に格上の相手を目の当たりにしたとかいうことに、思うことなんて別にない。
じゃあ、なんで十五歳の学生たちにもあっさりと見透かされるほどむくれてるかというと……、当然舐められたからだ。強さがどうとかは関係なく、舐められるのは我慢がならない。僕を殺せなかったのは政治と裏社会が絡むことだからともかく、あの程度で済ませたのは確実に後でどうとでもなると思われたから。その事は絶対に後悔させてやる。
まあ、かりかりしていても仕方がないという思考も、頭の冷静な部分ではしている。まずは生き延びたから上等。その上でこの先も生き延びるためには、やっぱりさらに強くなるしかない。
僕だけじゃなくグスタフたちもだけど、自分の今の強さが最強とまではいわなくてもそれに近いものだと思い込んでいた。これ以上を求める必要性は高くないって。
僕にとってその象徴であると今さらながらに気付いてしまったのがレテラのことだ。僕はマエストロ級の技量を身につけただけでなく、この世界で表向き確認されている全てである十一種のレテラを学習した。
十歳で“思い出した”頃には、ゲーム『学園都市ヴァイス』の知識として知り得ていた十二番目のレテラも、なんとかして習得することが生き延びるための切り札になると考えていたはずなのに。
この五年の準備期間の中で、十一種のレテラまでで十分だと――はっきりそう考えていた訳じゃなくても――思って満足してしまっていた。
好むと好まざるとにかかわらず裏社会へと突き落とされる運命が決まっていた僕みたいな人間はマグロと同じ。立ち止まればどす黒い悪意という潮流に呑み込まれて沈んでいく。そうなりたくないのなら、辿り着けない海面を目指して泳ぎ続けるしかなかったのに……。
「という予定になっているから、準備が必要な者は怠らないように」
「…………好都合」
「ん?」
担任教員のジャックが教室の前で話していた内容に、僕は人知れず頷く。とはいえ唯一気付いたらしいグスタフが不思議そうな表情をしたけど、詳しくは後で説明すると手振りで伝える。
今度の実習で向かう予定のダンジョン。なんとそこが僕の記憶している十二番目のレテラがある場所なんだから、渡りに船というほかないよね。
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