第144話
私はメンテとして様々な実績を積んできた。ゲーム『学園都市ヴァイス』の知識で未発見の遺跡を攻略し、ゲーム上のテクニックを試すついでに魔獣を討伐してきたからだ。
そうして冒険者としてギルドでもヨウに次ぐ地位を確たるものとしているから、私が情報を求めれば居合わせた冒険者でも職員でも、すぐに知っていることを教えてくれるだろう。
ちなみにこれは大事なことだが、ヴァイスの冒険者としてヨウがトップだと認識されているのは、私がそう仕向けたからであって、本当に実力の順がそうなっているということではない。
好きに振舞うのに地位は必要だが、トップではしがらみもできてしまうから、その役を押し付けて体よく利用しているということに過ぎない。
「どんな風に報告されるか、楽しみだわぁ。うふふ……」
歩きながら、考えていることが思わず声としても漏れてしまう。長らく喉に引っ掛かっていた小骨が、もうすぐとれるというのだから、機嫌も良くなろうというものだ。
今はちょうど人気のない区画に差し掛かっているから、少しくらいは声に出してしまっても、問題などない。ギルドは街でも人通りの多い区画に拠点を構えているが、私の家からそこへ向かう途中にはこうした普段から人の少ない場所もある。特に今は昼の騒がしい時間から夕方になるまでの間。時間帯的にも空白で、閑散としていることを特段気にするような状況ではない。
なのに、なぜか胸がざわついて……。
「
不意に飛んできた緑光をまとう風の刃を、とっさに消滅のレテラによる魔法パリィでやりすごした。思わず隠している奥の手をだしてしまうような、恐ろしい切れ味と、なにより殺気の込められた魔法だった。
「誰ぇ? 私を冒険者メンテと知っての――」
誰何しながら跳び退る。仕掛けてきたのはふわふわとした金髪でヴァイシャル学園の制服姿の少年。確認する余裕もなく距離をとったから顔まではわからない。とはいえあんな魔法……、おそらく制服は偽装で、この街の裏組織のどこかが差し向けてきた刺客だろう。
だが、甘い。向こうも魔法使いだから距離をとることを妨げなかったのだろうが、私は魔法の達人にして深淵なる知識の守り手と称されるメンテだ。こうして落ち着いて魔法を撃ちあえる距離にさえなってしまえば――
「ぐうっ!」
――なにっ!?
さがった所の足元で火が吹き上がった? この一瞬にあいつが魔法を発動するような素振りはなかったし、仲間がいるとしても魔力を動かせば私なら気付くはず。
「うあっ!」
なんとか体勢を立て直そうと踏み出した足元で、さらに別の火が吹き上がる。今度もやはり魔法を発動された気配はない。例えば、しばらく前に真上に向かって撃っておいた魔法が時間差で落ちてくれば……、いや、さすがに気付くはず。……くっ、考察しているような時間もない。
「
私ほどの冒険者ともなると、混乱させられてもとっさに魔法を撃ち返すことができる。実戦的で便利な魔法が身に馴染むまで訓練しているからだ。
対魔獣の冒険者ではわりと使うものもいるが、一般的な魔法使いにその有用性が知られていない魔法の筆頭がこの光魔法だ。実体がなく攻撃力を持たないからこそ、防ぐこともできない目くらまし。
「……」
制服の襲撃者は目元を手で隠して、足を止めている。まんまと私の術中にはまったようだ。だけど、不意打ちを受けたのはこっちで、私はそれほど思慮が浅くない。
依然として正体が不明の火のトラップ。仕組みはわからないけど、他にも仕込まれている可能性がある以上はここを戦場にするのは不利。
「勇気があるなら追ってくるといいわぁ。うふ」
煽りつつ身を翻して走り出す。戦士みたいに馬鹿げた身体能力ではないけど、私も冒険者として鍛えている。だから頭を振ってよたよたと追ってくる襲撃者を振り切ってしまわないように速度を調整しつつの逃走だ。
「
一瞬女かと思うような声で詠唱し、襲撃者は闇雲に攻撃してくる。最初の風の刃と同じレテラ構成と思われるが、今度は風の弾が一度の詠唱で二つに別れて飛翔し、着弾点で破裂している。
かなり器用で、練度の高い魔法だ。目があまり見えていないから、当てやすいような攻撃であわよくばと狙っているのだろう。
「そんなの当たるわけぇ……っ! と、ないわよぉ」
走り込もうとしたギルドの方へと続く抜け道にちょうど風弾が炸裂して、慌てて進路を変える。滅茶苦茶に撃っているけど、威力は十分にあるから厄介ではある。
それでもあの襲撃者は年若いようで、相応に未熟だ。謎のトラップこそ脅威だけど、今もろくに見えていない状態での追撃は粗が多く、走るのに苦労しない程度の隙間がある弾幕だ。
「精々魔力の無駄遣いをすればいいわぁ」
小さな声で呟きつつ、私は少しだけ加速して走り続ける。ギルドや大通りへ向かう道からは逸れてしまったけど、この先へ行けばちょうどいい廃棄された倉庫があったはずだ。そこへ辿り着いた時が、あの愚かな襲撃者の最後だと思うと、自然と笑みも浮かぶというものだ。
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