第27話
ここまでの二軒はやや治安の悪い地域にあった。訳アリ物件なんてそんなもんだと思うだろうか……?
だいたい正解だ。やっぱり治安の良くない場所にはそうした物件も多い。
残りの例外は逆にある程度以上の裕福だったり社会的地位があったりするような連中の住む区域にもあるということだ。金持ちや偉い奴ほど近辺を探られるのを好まないものだし、お上だってそういう連中とは揉めたくない。
とはいえ、僕の頭にある“そういう知識”が、貴族の支配する王制国家であるここフルト王国でもどれくらい当てはまるかというと……、まあ八割ってところか。意外と人間なんてどんな状況にあっても変わらないものだとこの四年で学んだ。
つまり僕らがやってきた場所はそれなりに閑静な雰囲気の良い住宅街で、その中によく馴染んだ佇まいの商店が目当ての場所だ。まあ、商店というか元商店。当然看板も出ていないし、中から朗らかな接客の声が聞こえてくることもない。
――だっはっは!
――マジかよ、それぇ!
それなりに距離をとっているにもかかわらず聞こえているのは、知性の足りない声だけだ。周囲の住宅に人の気配がするのに息をひそめるように静かなのが、対照的で実によく状況を表している。
「これはいいんじゃないか?」
「左様でございますね」
「そうか」
「サイラってばよくわかんないの」
僕が好感触だと言葉にすると、ライラは即座に頷き、グスタフは納得した様子をみせ、サイラは顎に指をあてて首を傾げている。
……ちょっと不安になってくるけど、偵察は大丈夫だったんだろうね。
「サイラ、あの中の様子はどうだったの?」
同じ不安を感じたのか、ライラが妹に報告を急かす。合流前にひと仕事していたサイラは、何やら情報を得たことは会った時に口にしていたはずだ。
「えっとね、十人いて全員お酒に酔っていたの。戦えそうなのは一人だけだったのよ」
「そうか……」
サイラの気配感知能力と勘の鋭さは一級品。魔獣並みといっていいくらいだ。だから情報の正確さは疑っていないけど……。
「それで全部だろうか?」
グスタフがぽつりと口にする。これもサイラの報告を疑った訳ではないことは、この場の全員がわかっている。
「当然他にも出入りしている仲間がいるのでしょう」
ごろつきの溜まり場を制圧することなんて容易い。だけどここを拠点……というか隠れ家にしたい僕らとしては、表でも裏でも噂になっては困る。
だからこそ、今ライラが断言したことが懸念だ。まあ懸念とはいっても、こういうのは気にし過ぎたら何もできなくなる。
「最適な隠れ家を確保することが最優先だ。他のことは随時の対処でいい」
判断して方針を告げると皆の目の色が変わる。ライラの目が計算高く細められ、グスタフは剣呑な色を宿し、サイラはおもちゃを与えられた幼児のように輝かせる。
いや、サイラについては「ように」なんてものじゃなく、そのものだ。この子は服装こそ使用人としてメイド服を着ているけど……、中身は完全な戦闘要員。いや、もっと適切な言葉で表すならば“鉄砲玉”だ。それも使い捨てじゃなく、何度でも放てる強力無比な弾丸。
「じゃあもう叩くの我慢しなくていいってことなのね?」
本当に無邪気な雰囲気で聞いてくるサイラが、その内でうずまく衝動を爆発させそうになっていることに僕は気付いている。おそらく姉のライラもとっくに把握はしているだろう。
なんと表現すればいいのか……、きらきらとして見える瞳がよく見るとどろっとしたものをぐるぐるさせつつ内包している……みたいな?
これが今回はグスタフの出番はないと考えていた理由だ。最近は大人しくさせていたから、そろそろ好きに暴れさせないと限界が近そうだと思っていたんだよなぁ。
「……」
「……」
ということを考えつつグスタフにちらりと目線を送ると、向こうも無言のままほんの小さく頷いた。「という訳だから今回は我慢してくれ」「わかっている」というやりとりだ。
見上げるようなグスタフが小柄なサイラに配慮するのは一見すると微笑ましいんだけど、実際はグスタフが十四歳でサイラが十八歳なんだよなぁ……まあ、いまさらか。
「今回はサイラに任せるよ。あっ、建物はなるべく壊すなよ」
「うん! サイラってば、頑張るの!」
本当に心の底から嬉しそうにサイラが握りこぶしを作って喜んでいる。もし事情を知らない誰かがこの場面を見ていたとしても、「頑張る」内容が暴力だとは絶対に思うまい……。
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